本資料は Злотин Борис, Зусман Алла «Месяц под звездами фантазии: Школа развития творческого воображения»(直訳すると「ファンタジーの星の下でのひと月:創造的イメージ開発学校」)の本文の始めの部分の翻訳です。(書誌情報はページ末尾)
原書は1988年に出版され、旧ソ連で数万部売れたそうです。昨年以降著者自身が改訂を進めており、その内容を逐次翻訳してゆきたいと思います。
原書には著者紹介を含めて本書が書かれた経緯を述べた前書きがついていますが、ここでは本文の冒頭の部分から掲示することにします。
(サマースクールは30日間ですが、本サイトへの掲載は10日目までとさせて頂きます)
日曜日は休憩日です。授業はありませんから、日光浴、湖での水泳、浜辺でバレーボールやバドミントン、それにチェスを指したりして気ままに楽しみます。しかし、午後はみんな集まって芸術について話し合います。1960年代の初めに新聞や雑誌でちょっと変わった議論が盛んに論じられました。「物理学者と詩人のどちらが大切か?」というのです。
人文系の大学の志願者が減ったいっぽうで技術系の単科大学や、総合大学の物理学、数学学部では急増しました。詩人のボリース・スルーツキーは次のように書いています。
詩の心はわすれられ
物の理くつがおおはやり
単なる数字の問題か
世のことわりの問題か
また、ミハイル・アンチャーロフの小説「不確率論」の主人公は同僚にむかって次のように語ります。しかし「きみたちがうまくいっているのは過去の蓄積のおかげだよ。子供の時に読んだ本、聞いた歌、見た映画の場面の共鳴の影響が徐々に失われていっているんだ。ミーチャ、君たちの芸術音痴は徹底しているから、過去の蓄積が底をついてしまえば、引退するまでそのまま変わることは無いよ。そして、数年もすれば君たちの物理学者としての価値は自動配線はんだ装置にも劣るものになるんだから……
」。
芸術は一見すると科学や技術とかけ離れたもののように見えます。ここにいる生徒の多くはできるだけ早く将来の職業に親しむことを目的とした数学、物理学その他に重点を置いた特別学校、特別クラスに所属しています。人生の目的を早い段階で選択することは将来の成功にとって必要な跳躍台になりますから、それはそれで結構なことです。しかしそのかわりに、音楽、文学、絵画などに取り組む時間がなくなってしまいます。ひょっとすると、その必要はないのでしょうか? その時間を、専門の知識を深めるために使った方がよいのでしょうか? これが今日の話し合いのテーマです。
これまでの授業で弁証法的{肯定と否定を繰り返しながら考える}思考とシステム思考とは創造的な能力を構成する主要な要素だということがわかりました。そうした思考方法をどうやって伸ばしたら良いのか学びました。しかし、人類は弁証法やシステム分析などということについて予想もしなかった時代から「創造」してきました。
創造的にイメージすることは人はだれもが多かれ少なかれ持っている特性です。これは、人間と地上の他の生き物との間の最も重要な相違点です。イメージする力は人類とともに成長してきましたが、ここには相互に矛盾する複数の傾向が含まれています。イメージする力があまりにも貧弱だと生活環境の変化にうまく対応することができませんし、逆に、あまりにも豊かだと冒険主義に陥り死の危険に晒されることになります。イメージする力の進化の過程で人類が種として生き残ることができる、ある中庸な水準が形づくられ、強められてきました。しかし、その妥当で中庸な水準はさらに育成しなければなりません。そのためにRTVコースが作られたのです。
一日の厳しい生活を終えた原始人はたき火のまわりに集まって素晴らしい祖先の話しに聞き入ったものです。山のような敵に素手で立ち向かい、獣や鳥と話しをし、太陽や月を従えた祖先たちです。子供たちは興奮と恐怖からくる激しい息づかいを押し殺して、大戦争や、大きな川の向こうの、誰もが知る、頭が無くかかとに耳が付いた人々の住む地域をおとづれた冒険者の伝説、そしてまた、毎日昼間の火に枯れ枝を投げ込んでいる天上の狩人の話しに耳を傾けました。神話はやがて芸術に変化しました。もちろん、人生の中での芸術の役割は創造的能力の育成だけではありません。教育、伝達、さらには人が自分の中で問題を解決することを援助する心理的治療、あるいは、単に気を紛らわせる、満足や喜びを与えるなどの役割があります。しかし芸術のもっとも重要な特性は表現されたものを人々に共に経験し、共に感じさせることです。本を読み、音楽を聴く時、私たちは無意識に次はどんな言葉、どんな音とその先を予測しています。芸術は人々を徐々にある共通の目標へと巻き込んでゆきます。その過程は、受容から、共同による創造へ、さらに独自の創造へと移ってゆきます。
シェイクスピアのハムレットは矛盾に苦しみます:
「生きるか死ぬか、それが問題だ
気高いのは、運命の打撃を甘受することか、
それとも、反抗すべきか」ロシア語訳:B. パステルナーク{和訳はロシア語から重訳}
——だれか、芸術のなかでの矛盾の例をあげられますか?
生徒に声をかけます。みんな、すこし考えています。やがてジェーニャが思い出しました。
——『キャプテン・ブラッド』のなかでブラッドの海賊船はスペイン軍の強力な砲台の下を通って狭い海峡を通り抜けなくちゃあならないことになります。夜の暗さの中でも通り抜けるのは無理なんだけど、待っているわけにもいかないんです。そのとき、キャプテン・ブラッドがうまい手を思いつきます。海賊たちは船の大砲をボートに積んで岸に運び始めます。スペイン軍は海賊が陸の側から砲台を攻撃しようとしていると思って、海賊を迎え撃とうと大変な手間をかけて砲台の大砲を反対側に動かします。やがて、夜になると海賊船は帆を揚げて大砲の無くなった砲台の下の海峡をゆうゆうと通り抜けてしまいます。
上陸した海賊はおいてゆかれちゃったのかって? 岸にはだれもいなかったんです。ボートには同じ人たちが乗って行ったり来たりしていたんです。岸に向かう時には砲台から見えるようにみんな座って、船に帰る時にはボートの底に寝そべって。運んでいた大砲は本物じゃなくての実は太い丸太だったんです。
このストーリーには幾つかの矛盾が含まれているし、解決策も大変気が利いています。ジェーニャの話しは生徒たちを喜ばせてくれました。締めくくりに先生が説明を付け加えます。
——みなさん、この話を知っていましたか。これはラファエル・サバチニという作家の小説にでてくる話ですが、全くの作り話ではないんです。このトリックは1669年に有名なモーガン船長{ヘンリー・モーガン}が街と同じ名前のマラカイボ湖のほとりにあったマラカイボの街を略奪した時に、スペイン軍が外海への出口を封鎖した際、実際に使ったものです。
ここで、我がクラスの画家のターニャが話し始めました
——画家は使う絵具の色の数はあまり多くないんです。中間色を使いたいときは絵具を混ぜて新しい色を作ります。でも、混ぜて作った色は、普通灰色みが混ざって澄んだ色になりません。そこで、モネ、ピサロ、スーラなどの点描画家は純色の明るい絵具だけを使って、様々な色の点を塗って絵を描きました。そばで見ると点が並んでいるだけのように見えるんですけど、一・二歩距離をとって見ると点が溶け合って明るい色のとてもきれいな絵が……
ここでクラスの「技術屋」が何人か一斉に声を上げます。
——そうだ。テレビのスクリーンもコンピュータのモニターもそれと同じだ。どの色もみんな赤、緑、青のたった3つの色の小さな点(ピクセル)の組み合わせだよ。
ターニャもそれを知っていて誇らしげにこう言います。
——芸術家の方が技術者より先にそれに気づいたのよ!
ターニャの言う通りです。
ここで、一人の男子生徒が初めて発言します。バッジをみると化学クラスの生徒です。最近私たちのクラスに「お客」として出席することが増えてきました。
——『ボリス・ゴドゥノーフ』を上演するときに人々の不満が高まってきている恐ろしい雰囲気を表現しなくちゃなりません。そのためにエキストラのグループが舞台上で「台詞がないのに、何を言えばいいんだ」ということを小さな声でばらばらに繰り返えすんです。これも矛盾なんじゃないですか? 巡業公園で消防団の人たちがエキストラに頼まれたときには、全員が声を合わせて「台詞がないのに、何を言えばいいんだ」って言ったもんで、観客が大笑いしてイスから転げ落ちた人もいましたよ。
すばらしい例です。先生も聞いたことがありませんでした。本を書く時には、必ず使わせてもらうことにしましょう。
・・・
芸術は矛盾を恐れるなと教えてくれます。これは発明のためにまさに必要なことです。例えば、文学には矛盾を利用する「比喩」という興味深い仕掛けがあります。比喩は作者が意味を転化させて何かを言いたい時に使われます。あることが語られている時に、別の意味で理解しなくてはならないのです。文章の中に複数の意味を持った言葉が入れられていますが、その文章のある部分はその言葉の1つの意味に対応し、別の部分が別の意味に対応しているのです。こうして、文章の中に矛盾が織り込まれます。例えば、帰る望みの無い遠征に出かけるイギリスの船乗りをうたったニコライ・チーホノフの詩の一節は次のようです。
彼らから釘を作ることさえできよう
この世に又とない頑丈な釘を
日常的な見方からすれば、明らかに馬鹿げたことです。しかし記憶の中に言葉が刻み込まれ、鉄のように頑丈で何にも負けない人々のイメージがくっきりと残ります
良い文章と悪い文章との違いはどこにあるでしょうか。修辞の巧みさ、言葉の豊かさでしょうか。それもありますが、それだけではありません。あらゆるものが揃っているのに、芸術性だけが欠けている偽物はいくらでもあります。良い本は良い詩と同じで、一言も取り去ることのできない本です。本が1つのシステムであり、1つひとつの言葉がそれぞれの役割を持っていて、全体が集まってシステムとしての独自の特性を生み出しているのです。
——ミハイル・ブルガーコフの「巨匠とマルガリータ」を読んだことのある人は?
何本かの手があがります。この作品はとても子供向きとは言えない本ですから、うれしいことです。
——この本では、お互いに結びつきがあるようには見えない3つの場面で物語が展開します。当時の日常と社会を背景とした1930年代のモスクワ、ローマ帝国のポンテオ・ピラト総督の時代(約2000年前)のユダヤ、そしてモスクワのありふれたマンションの一室でバーをやっている時間と空間を超越したサタンの会社です。ポンテオ・ピラトの話は独立した1つの小説として他の部分を無視して読み通すこともできます。
すると、セリョージャが立ち上がって
——僕は、そうしました。とてもおもしろかった。でも、後で全部読みなおしたら、やっぱり他のところも読まないと、この本のいいところを沢山見落としちゃうと思いました。
全くその通りです。この作品では、別々のストーリーが相互に補い、補強しあっているのです。笑い、風刺、詩的なイメージ、そして、哲学的な一般化とが溶け合って強い力となり、これまでに読んだ印象が何度も繰り返してよみがえってくるのです。こうしてシステムとしての効果が生まれます。この効果は言葉が意味と溶け合うだけでなく、リズムや韻とも融合する韻文ではもっとも強くなります。
芸術の特性でもう1つ重要なのは心理的惰性の克服です。文芸理論家のヴィクトル・シクロフスキーは1914年に「異化」という新しい概念を導入しました。彼は文学作品の課題の1つとして、認識におけるオートマティスム{無意識のうちに何らかの受け取り方をしてしまう状態}から読者を引き出す作用にこの名前を与えました。「異化」するためには、なじみのものを異常なものにする、つまりはイメージを呼び覚ます必要があります。そして、これが学者や技術者にとっても必要なことなのです。
私たちはRTVクラスの授業でシネクティクス原注6の話をしました。シネクティクスは何か新しいものを考えだすために様々な類比を用いて創造性を活性化させる方法です。例えば、人が機械の「形」に「住みついた」状態をイメージしてみるといった類比(empathy{=共感、擬人化})を用います。芸術は人がこのようなことをすることを助けてくれます。考えてみれば、あらゆる芸術作品は読者あるいは鑑賞者が「自分に当てはめてみる」ことのできる何らかの生き方のモデルと言うことができます。
シネクティクスにはもう1つ芸術に大変近い手法があります。この手法は象徴による類比と言いますが、考察の対象となっている現象やものを短い言葉で特徴的に(普通、2つの言葉で)表現することを求めます。その際、ちょうど本の題名のように、普通は一緒に使われない2つの言葉の間につながりが無くてはなりません。例えば、原子は「強力な微少」、時計は「とらえどころの無い守衛」というように。誰かもっと例をあげることができますか?
——可愛いワーニャ!
一斉に笑い声が起こります。これは生物学クラスの男子のあだ名ですが、彼は2メートルも背があるのです。
——考える葦。パスカルは人をそう名づけました。
これは、物理学クラスの先生の発言です
——羽根のあるレンガ。パパは戦争の時に自分が乗った飛行機をそうよんでいました。
——決定論的カオス。
誰かがこう叫ぶと、RTVクラスの全員が大笑いします。クラスで人気のジョークです。
・・・
シネクティクスの専門家は象徴による類比が大変強力な効果を発揮すると考えていました、それは驚くことではないのです。シネクティクスは象徴による類比と言う形で{TRIZの}矛盾に近い思考方法を提起しているのです。一番驚くことは1000年以上も前のアイルランドの吟唱詩人であるスカルドとよばれる人々がこの方法を常に使っていたということです。スカルド詩は韻律、協和音をもち複数の構造が重なりあう極めて体系的な詩で、世界でも最も複雑な詩とみなされています。詩人——スカルドは作品を飾る為に「ケニング」とよばれる特殊な手法を用いました。ケニングは複雑な比喩に近いものです。スカルドは例えば船のことを「海の馬」、海を「うなぎの家」あるいは「船の草原」、血を「剣の海」、剣を「傷つけるとげ」などと表現します。1つの言葉が様々なケニングを多数もつこともありました。例えば「船の倉庫の月の魔女の吹雪の火を投げる者」というケニングがあります。一見意味の通らないこの一節もスカルドの聴衆には十分に理解できました。「船の倉庫の馬」は船、「船の月」は盾(ヴァイキングの船——つまりドラッカー——の絵を思い出して下さい。舷側に座っているこぎ手一人一人の横に磨き立てられた盾が一列に並んで月のように輝いています)「盾の魔女」は槍、「槍の吹雪」は戦い、「戦いの火」は剣、「剣を投げる者」は戦士というわけです。
——それでは、「運命を建てる者の赤い頭の鳥」というケニングの意味を考えて下さい。
大騒ぎが始まりました。これまで長い時間黙っていましたから、生徒たちは話しをしたかったのです。私たちとしては、喜んで彼らが話し合う機会を作ってあげたわけです。しかし、みんなが叫んで他の人のいうことをきかない自然発生的な大騒ぎは効率が良くありません。そこで、私たちはこのケニングの意味を考えるために、生徒をグループに分け、それぞれにリーダーを指名して謎解きの音頭取りをしてもらうことにしました。
10分後にはすべてが片付きました。「頭の赤い鳥」はきつつき、「運命を建てる者」は作家、「作家のきつつき」はタイプライター原注7……
芸術が月並みな思考様式と戦う為に用いるもう1つの方法は、一見すると思考のはたらきを狭めてしまう仮の制約を導入することです。すると、弁証法的観点から見ると全く当然なのですが、制約が創造的な仕事に刺激を与えるという驚くべき現象が生じます。人間は生来、節約するようにできています。人は時間をかけて考えなくてもよい慣れ親しんだやり方で、考え、また書くようにしています。その結果、あらゆる分野で創造性の仇敵となっている判で押したような類型が出現することになります。芸術は制約を導入することによってこの「節約」を厳格な枠組みに閉じ込めるのです。どのようにしてでしょうか?
例えば、夏の思いでについて単に作文を書くだけならばそれほど難しいことではありません。しかし、単に書くだけではなく、文章の一行の長さが同じようになるようにして、アクセントのある音節と無い音節とが厳密に規則正しく交互に出てくるように単語を並べて、詩の形に書かなくてはならないとしたらどうでしょう。そうなると、日常的な表現だけでは作文が書けません。自分の考えを表現する為に新しい形を捜さなくてはなりません。そうする中で、従来考えていたことに新しいニュアンスが見つかったり、新しい理念が出現することがあり得るのです。
何年か前にペテルブルグの若者向け新聞『スメーナ』でおもしろい実験が行なわれました。ジャーナリスト教育を行なう目的で様々な専門を持った人たちを集めました。教育の科目の1つに創造性開発コースがありました。受講者に対して、例えば一番最後にテストを受けた時にどうだったかというような、ごくありふれた情報を取り上げてそれを詩の形で書くという課題でレッスンが行なわれました。この課題は簡単ではありませんでした。受講者が講師に出した詩は上出来とはいえません。これに続いて、前に書いた詩の意味や考え方をそのままにして同じことを散文で書くという2つ目の課題が与えられました。出来上がった文章をプロのジャーナリストに読んでもらったところ、ストーリーが面白く、独創的だと高い評価を得る結果になったのです。
芸術の教育に用いられている手法が創造性をうながすをことを示す例はまだまだありますが時間が終わりに近づきました。それに、芸術が人の創造性を高めることに役立つと説得しなくてはならない人はここにはいないようです。誰か質問がありますか?
——どんなジャンルの芸術でも創造的な能力を発展させることに役立つんでしょうか?
——それぞれのジャンルにはそれぞれに固有のはたらきがありますし、どれも有益です。でも想像力を育てたり、イメージを豊かにすることに特化したジャンルがあります。もちろん、SF・ファンタジー、ミステリーのことです。
——先生は、現在のTRIZには矛盾を特定するためのルール、弁証法の論理を学ぶためのレッスン、それにシステム分析という方法があるって言いましたね。そしたら、現在は芸術が以前のように必要だということは無くなったんじゃあないでしょうか?
——第1に、TRIZは最近作られたばかりですが芸術は人類の歴史すべてを通して存在してきました。完全な創造性を実現するためには欠かせないけれど、私たちはまだ気がついていない方法を芸術は使っているのかもしれません。第2に、もうお話ししましたが芸術には様々な役割が数多くありますが、それらはみな人類にとって極めて大切です。
結局のところTRIZは新しいものを生み出す創造にかかわる課題を克服するための技術です。一方、前の討論会でわかったように、人が創造的になるためにはそれ以外にも幾つかの特性をもっていることが欠かせません。そこには倫理も含まれます。倫理についていえば芸術と比較できるものはありません。
質問も出尽くしました。最後に、ターニャがストルガツキー兄弟のファンタジー小説「神様はつらい」の一節を朗読してくれます:
「いかなる国も科学がなくては発展できない。他の国に滅ぼされてしまう。芸術や文化をもたなければ国は自己批判の能力を失い、誤った傾向を奨励し、秒毎に偽善者や社会の屑を生み出すようになり、市民には浪費や思い上がりが広がり、結局は同じようにもっと分別のある隣国の餌食となってしまう。
読書家の迫害、科学の禁止、芸術の撲滅を行なうことはいくらでもできる。しかし遅かれ早かれ、権力欲の強い愚か者、無知な者には憎くてたまらないすべてのものに道を開かなくてはならなくなるのだ。遅かれ早かれ、大学、学問団体の開設を許可し、研究所、天文台、気象台をつくり、思考力や知識を持った人々を育成しなくてはならなくなる。こうして生まれた人々は、従来と異なる心理やニーズをもち権力者の思うようにはならない人々であり、彼らは以前のような低俗な利己主義、日常的利害、愚かな自己満足、月並みなニーズといった環境では存在し得ず、いわんや、有効に機能することなどできないのだ。この人たちに必要なのは創造的な緊張に満たされた一般的かつ包括的な知識の環境であり、作家であり、画家であり、作曲家なのだ。権力の傍らに立つ灰色の人々は彼らに譲歩せざるを得ないのだ。」
原注6:シネクティクスはアメリカの発明家ウイリアム・ゴードンとジョージ・プリンスによって1950年代に作られました。私たちが移住してTRIZを教え始めた時にアメリカではこの方法を誰も知らないことに大変驚かされました。その後シネクティクス社の専門家に会った際に、彼らですら、類比についても、その活用法についても極めて貧弱な理解しか持たず(少し修正した)通常のブレーンストーミングを使っているだけだと知りました。思うに、そうなった理由はシネクティクスには明確なルールが無く、活用するためには文学や美術の才能、芸術についての知識、優れた想像力が求められるからです。こうした資質をもったウイリアム・ゴードンがシネクティクスを使っている時にはうまくいっていたのですが、彼がいなくなるとすべてが失われてしまったのです。
原注7:現在の生徒たちはこのケニングの謎を解くことはできないかもしれません。タイプライターはコンピュータに駆逐されてしまい見たことのある生徒はほとんどいないことと思われます。
日曜日は楽しく終わりました。有り難いことに生徒たちは次の授業を楽しみにしています。朝のうちは走り回っていましたが、そのうちに問題を出してくれと「せがみ」始めました。結果として浜辺で即興授業をすることになりました。
午後の議論の時間、はじめ生徒は少し固い様子でした。学校の「行事」の習慣です。しかし、サマースクールの生活は「行事」というわけではありません。これができるのは、チューターをやってくれているエンジニア、教師、医者のたまごのみんなのおかげです。彼らの仕事は楽ではありません。自分より2・3歳年少なだけのわんぱくどもの面倒を見ることを想像して下さい。朝から夜遅くまでキャンプの中を動き回り、消灯後はチューターとしての仕事の問題点を議論し、それに加えて、休日の話し合いの準備をして自分たちも参加する時間を捻出しているのです。今日も、芸術に関する議論を始める口火を切ってくれたのは彼らでした。子供たちはその後で議論に参加するようになりました。よくある悲しい姿は、ほとんどの人々が学校の中を通り過ぎていった作品を嫌っていることです。ここには、まさに良い文学を嫌悪するように育てるシステムが働いています。子供たちを惹き付けることはそれほど難しいことでしょうか? そうではありません。単に、魅力的で、創造的で、発明する力を求めるような課題を子供たちに提供する必要があるだけのことです。子供たちを愛する創造的な教師は実際それをやっているのです。
子供たちはそれぞれのクラスのキャンプファイアーに散ってゆきました。しかし、RTVクラスの生徒たちは席を離れようとしません。今日の議論のあとを受けて感傷的な気分になっているように見えます。私たちも寝室に「キャンプファイアー」を燃やすことにしましょう。電気を消して、皿の上にロウソクが燃えています。みんなは持ってきた愛用の詩集を思い出したり読んだりしています。こうしたものが、学校の授業に入っていないのは残念なことです。いや、あるいは幸いなことなのでしょうか?
消灯の後で教室に行くことします。明日は大変重要な新しいテーマが始まります。技術システムの進化の法則です。明日の朝、生徒たちが注目するように進化の法則のポスターを目立つ位置に架け替えます。 私たちは生徒が慣れてしまわないようにポスターを頻繁に架け替えるようにしています。子供たちは教室の中にいることを好んでいます。授業が終わってからもポスターを覗きこんでいます。他のクラスの生徒が私たちの教室にくることも次第に増えてきました。彼らはポスターを見たり、机においてある空想的な物語や興味深い発明の話しを読んでいきます。ときには、私たちの同僚の他のクラスの先生が立ち寄ることもあります。私たちの授業は彼らの興味と強い懐疑とを引き起こしているのです。様々な議論や論争が起きています。私たちは生徒たちを積極的にそうした議論に引き入れるようにしています。
楽しい休日が終わり生徒たちは集中した顔つきでノートのページをめくっています。今日は復習から始めると伝えておいたのです。といっても、生徒たちのノートに書かれていることがそれほど多いわけではありませんし、私たちも書かれた内容について細かく質問をするつもりはありません。授業ではみんなに言いたい時に言いたいことを発言してもらうようにしていますから、誰が何を理解しているか私たちはおおよそのところをつかんでいます。
——おととい、ジェーニャとターニャが面白いアイデアを出しました。技術システムの進化の法則を未来を見られるクロノスコープのスクリーンのように考えてみようというアイデアです。今日はそのアイデアを使わせてもらおうと思います。
教師が何も書いてない四角い枠を幾つか黒板に描きます。
——この枠がスクリーンです。皆さん、どんなスクリーンを知っていますか?
——矛盾!
——理想性!
——そうですね。この2つは一番大切な法則ということで真ん中の2つの枠に書いておくことにしましょう。それではまず、矛盾の法則を確認しましょう。これは、どんな法則ですか?
——矛盾が起きるのは、私たちが機械の何かを改良しようとすると、何か別のことが悪くなってしまう時です。例えば、事故の時に人の身体を支えるために自動車のシートベルトが考案されました。おかげで運転手が衝突で大けがをすることがなくなりました。ところが、自動車が火事になった時にはシートベルトをしていると車から素早く出ることが難しくなります。
——良い例ですね。その矛盾を別の形で定式化した表現にすることができますか?
——運転手がけがをしないためには、シートベルトは身体をしっかりと固定しなくてはならない。同時に、運転手が即座に動けるようにするためには、身体をしっかりと固定してはならない。
——結構。シートベルトについて矛盾する2つの要求があるわけです。それでは、この矛盾を解決するにはどうしたら良いでしょう?
ミーシャが応えます。
——知ってます。大きなショックがあってから何秒か経つとシートベルトが外れる特殊なスプリングが作られたんです。
ジェーニャが補足の説明をします。
——矛盾がうまれると発明問題が出てきます。そういう問題を解決するためには矛盾を解決しなくてはなりません。
このテーマは良く分かっているようですから、別のスクリーンに移っても大丈夫そうです。
——「理想性」のスクリーンには何が見えますか?
——システムが進化するとだんだん理想に近づいてゆきます。有益な機能が大きくなっていきます。たとえば、農業で使うコンバインは普通のトラクターよりずっと多く収穫することができます。
——それから、システムが軽くて小さくなっていきます。パパの古いパソコンはモニターが机の半分くらいふさいじゃっていたけど、新しいのではスクリーンがずっと大きいのに薄くなったので場所は少ししかいりません。
——そもそもシステムが無くなってしまう場合もあります。以前、家にはとても大きな電話があって線で繋がっていました。そばには、厚い電話帳がおいてありました。今ではいつもパソコンのスカイプで電話するので電話も電話帳も捨てちゃいました。
——私、いつもママにフライパンを洗ってって言われていたんです。テフロン加工のフライパンを買ってからは焦げ付かないんで、ゆすいだだけできれいになっちゃいます!
・・・
これらはもう繰り返しですから、新しい枠、あるいは、新しいスクリーンを始めてもいいでしょう。そうですね、例えば、ちょっと変な名前のついている「一致・不一致」というスクリーンにしましょう。
技術システムの理想性は、次の3つのアプローチを組み合わせることで高めることができます。
テストスタンド{テスト装置}でリングが回転しています。何が起きているのか観察するにはどうしたら良いでしょうか?
——簡単。高速で撮影して遅くして見ればいい!
——それだと、その場ですぐに見られないだろう。スタンドを見ながら観察したいんだ。
生徒たちは考え込んでしまいました。彼らが一致・不一致の法則を知らないためです。助けてあげなくてはなりません。
——このシステムではどんなプロセスが起きていますか?
——リングが回転しています。それから、私たちがリングを観察しています。
——2つのプロセスにそれぞれどんなリズムがありますか?
——リングは高速で回転しています。観察の方は固定しています。
——ほら、リングの回転のリズムと観察のリズムとが不一致ですよね。だから、観察が難しいんです。法則はリズムを一致させなくてはならないって教えています。
——でも、リングの回転を止めることはできないし、リングと一緒に自分が廻ることもできません。矛盾です。
——どうして、自分が廻らなくちゃあいけないんだい? ごらん!
教師は自分の腕時計をはずして机の上におきます。生徒たちが机のまわりに寄ってきました。
——12の数字のそばで秒針が止まって見えるようにするにはどうすればいい? 何と何のリズムを一致させればいいだろう?
——目を閉じて、秒針がそこのところにある時だけ一分おきに目を開ける!
アリョーシャのアイデアです。生徒たちは時計のまわりに立って、一分おきに瞬きをします。こっけいな光景ですね!
——そしたら、リングの場合はどうする? そんなに早く目をぱちぱちできるかい!
——人が瞬きをしなくても、照明を点滅させるんです。照明がついた時だけリングが見えて、止まっているように見えます。
ジェーニャが答えてくれます。
——よくできた! みんなは今ストロボスコープという装置を発明したんだ。これが初めて作られたのは19世紀です。これを使うと、動いているものを動いていないように、動いていないもを動いているように感じさせることができます。この装置を使うと回転している部品を観察することができます。では、点滅を必要なタイミングに合わせるにはどうしたらいいでしょうか。リングの回転速度は一定ではありません。
——スイッチを制御すればいいんです。一番いいのはリングにタイミングを設定させれば良いんですから、リングが照明のスイッチを入れるようにすればいいんです。
——そうだ。照明の点滅周期をリングの回転周期と一致させました。そうすれば照明はリングと共振しているようにして点滅します。
するとアリョーシャが質問します。
——共振ってなんですか?
——どんなシステムにも固有振動というものがあります。そのシステムに固有振動の周波数に合わせた振動を与えると、次第に強く揺れるようになります。例えば、ブランコを揺らすためには……
——拍子を合わせて!
——ブランコはそういう風に作ってあるのです。固有振動と同じ周期の振動に合わせて自分が揺れるのが共振です。そしたら、拍子を合わせて家を揺らしたら……
だれかが、兵士が足並みを揃えて行進したために壊れた橋があったことを思い出しました。
——さっき、ストロボスコープで止まっているものが動いているように見えるって言いましたね。どうするんですか?
——普通の映画もストロボスコープの効果を使っているんです。映画の映写機は1つのコマから次のコマに変わる時には急速にフィルムを動かします。しかし、1つのコマを映している時は同じ位置で少し止まります。こうすることで、スクリーンの上で動きが起きているように見えるんです。
しかし、一致はリズムに限ったことではありません。19世紀の末に初期の鋳鉄製の橋の1つが落ちてしまいました。事故の原因を調査すると固定用のリベットのところで取れているヘッドが多数あることが分かりました。鋳造で作られた構造を固定するために大きなハンマーを使ってリベットを打ち込む際に強い衝撃で亀裂が入っていたことが分かりました。この問題を解決するのは簡単です。リベットを固定するヘッドの下に銅製のワッシャーを挿入します。銅のワッシャーがクッションとなるので鋳鉄の亀裂はなくなります。ところが、橋だから空気の湿度が高いのでワッシャーの銅とリベットのスチールとの間で電気化学反応が発生します。結果としてリベットが短期間で腐食してしまうようになりました。今日の設計技術者は誰でもこの危険を承知していますからそばに並んで「働く」素材は気をつけて組み合わせるようになっています。ですから、リズムだけでなく素材も一致しなくてはなりません。
——素材が一致していないといつでもだめなんですか?
——いつでも、というわけではないと思うな。
——その通り! 悪いといっても、何の役にも立ない悪いことはありません!
上で触れた電気化学反応による腐食も保護の仕組みとして利用することができます。例えば、船の船体に亜鉛アルミニウム合金の小片を取り付けます。すると海水が電解質になり合金の小片と船体のスチールとが両極となって電気化学反応が起きます。イオン化傾向の高い亜鉛アルミニウム合金の方が溶けるので、合金がすべて溶けてしまうまでの数年の間は船体のスチールが保護されます。亜鉛アルミニウム合金がスチールを保護していることになります。
飛行機の機体や船の船体が流線型をしているのは何故でしょうか? これは形状の一致です。目的は流体の中を移動する際の抗力をもっとも小さくすることです。しかし、一致によって効果を上げる余地が無くなってしまうと、不一致の順番がやってきます。現代の船は鼻先におかしな膨らんだ部分がついていることがあります。これは「船首バルブ」{あるいは「球状船首」}というものです。一見、船首バルブは抵抗を増やしてしまうのでまずいように思われるかもしれません。ところが、船首バルブが起こす波が船体によって作られる波とお互いに打ち消しあうように設計されているので、結果として船が受ける抗力の総計が小さくなって船の速度が大きくなるのです。
歯を治療する時の痛みはどうしたら小さくできるでしょうか?
——鎮痛剤が色々あるんじゃないんですか……
——いいえ。ここでは、リズム一致の法則を使った方法に限定して考えます!
——歯の治療にどんなリズムがあるかな? まず、ドリルが廻っている。ドリルの回転を何と一致させる?
——人間のリズム!
——心臓の鼓動? でも、何故?
——どうしてだって? お医者さんによれば、心臓が収縮して血管の中の血圧が高くなっている時は痛さの感じ方が強くなるってことです。腫れたところや傷口が「ずきずき」するってみんな知ってますね。だから、脈と脈との間にだけドリルで歯を削るようにしたら、痛みは小さいはずです。それから、一日のなかでも、人間の知覚って朝は夕方よりにぶいってことが分かりました。歯科治療、外科手術、スポーツマッチなどの時間はこれを考慮してきめることができるはずです。今度は他の特性について、一致、あるいは、不一致の例を皆さんで捜して下さい。
ミーシャがうれしそうに発言します。
——温度についての特性を不一致にさせる考え方。熱膨張率の違う素材を組み合わせるとバイメタルができます。例えば、アイロンでは膨張率の違う金属を2つ張り合わせた金属の板を使っています。この板は温度が高くなると曲がってアイロンのスイッチを切るんです。
——でも、部品の信頼性とか、寿命とかについて不一致なんてあるのかしら。だって、機械は壊れないでずっと働き続ける方がいいんでしょう?
ターニャが不審げに言います。
——そう言うけれど、ターニャの家にも1つの部品だけ他の部品よりも信頼性が低くて簡単に壊れるようになっている装置が少なくとも1つはあるはずだよ。
教師がとぼけて質問を返します。
——えー、何かしら?
ターニャは途方にくれています。しかし、やがて何を考えなくてはいけないのか気づいたようです。そんな部品が何故必要なのでしょうか? その理由は、他の部品がみんな壊れてしまわないようにするためでしょう? そう、安全器{そして、壊れる部品はヒューズ}です!
一致と不一致とが交互に現れるプロセスはシステムの誕生から老化までの過程で常に観察されます。クロノスコープのスクリーンでこれがどのように起きるのか覗いて見ましょう。
まず、新しいシステムが誕生するところです。1986年にカール・ベンツが3輪式の荷車にエンジンを取り付けた時に自動車が生まれました。しかしこの自動車はまだおかしな格好をした不細工なものでした。この段階での改良の道は「一致」の道のりです。車輪とエンジンとを調和{一致}させなくてはなりません。この車にもっと適した{一致した}車体、ブレーキ、走行装置にしなくてはなりません。次には、自動車を周囲の環境と調和{一致}させなくてはなりません。ロンドン市内に自動車が10台も無かった時に、よりによってこのなかの2台が衝突する事故を起こしました。道路交通の規則は自動車の動きを歩行者や他の自動車などの他のものと調和{一致}させるための規則です。次には、バスの時刻表を人々が仕事に通ったり、休日の行楽などで移動する生活様式と一致させることになります。こうして、リズム、形、大きさ、素材などすべてが関与した一致(そして、不一致)の複雑で必然的なプロセスが起きているのです。
一致のプロセスは、専用の要素を使って一致を実現することから始まります。例えば、バスのギヤ・ボックス、運河の水門のような例です。しかし、理想性向上の法則はシステムが自力で一致を実現することを求めます。つまり、一致を実現する機能はシステムの中に既にある要素が引き受けるようになることを求めます。結果として、一致を実現するための専用の要素は無くなってしまうか、あるいは、別の有益な機能を実現するようになってゆきます。システムがさらに発展すると、一致の自動化が起こります。例えば、最適の作業環境を自動的に選択する工作機械、作業中に自動的に研がれてしまう切削工具などです。システムが柔軟に変化するようになり、常に変化する環境のなかで求められる作業状態に自ら対応するようになります。
この様子は、クロノスコープではもう1つ別の「柔軟性」と呼ばれるスクリーンで見ることができます。
テニスのラケットの面は「スライス」ボールを打つためには硬いと有利です。しかし、相手の強い球を受けるためには、あるいは「スピン」ボールを打つためには面が柔らかい方が有利です。どちらでもうまく打てるようにするにはどうすれば良いでしょうか?
——こういう矛盾は何日か前に勉強したよね。これを解決するには時間で分離するんだ。1つのことが必要な時にはラケット面は柔らかくて、別のことが必要な時には硬いようにする。
ジーマが思い出して言います。
——試合中にラケット面の硬さが変わるように、硬さを調整できるようになっていなくちゃならないんだ。
——そうです。これは時間による分離ですね。同時に、この解決策は技術システムの柔軟性増加の法則から導かれる変化とも言えるんです。すべてのシステムは硬くて、動かなくて、変化させることのできないものとして生まれて、それから……
例えば、リリエンタールが作った最初のグライダーには操縦装置すら付いていませんでした。乗っている人が身体を動かして重心を移動させてグライダーを旋回させました。その後、高度レバー、操縦装置、取り外し式シャシー、座席カタパルト、補助タンク、パラシュートブレーキ、折畳み翼、{機首が下方に折れ曲がる}ドループ・ノーズその他、飛行機には飛行中あるいは地上で変化させたり、調整したりできるところが沢山あるようになりました。翼が自在に変化するようにできていてその時に必要な形に変えることのできる飛行機も計画されています。道路標識知っているよね?
——道路標識の柔軟性はどんなように増えてゆくだろうか?
——状況に応じて色々な画像が表示される。
——暗くなったら明かるく光る!
——色が変わる!
こうしたアイデアのうちの幾つかはもう考えられています。例えば、温度によって色が変化する液晶を使った道路標識は、路面の氷結など走行上の問題について情報を提供することができます。あるいは天候や一日の時間帯によって制限速度表示を変化させる表示板。この分野の進化は絶えず進んでいます。
3輪自転車は簡単には倒れませんが、2輪の自転車はすぐに倒れてしまいます。一方で2輪の自転車はずっと速く走れますし、速い方が走行の安定性が増します。これを動的安定性と呼びます。飛行機の設計について次の矛盾があります。飛行機の安定性が良いと空中で一定の姿勢を維持することが容易です。その意味で安全な飛行機ですが、代わりに操縦応答性が悪くなります。こうした設計は初心者の練習機には向いていますが、戦闘機のような飛行機には向きません。逆に操縦応答性を高めて安定性を低くしてしまうと飛行中や着陸時のちょっとしたミスが事故に結びついてしまう可能性があります。
——さて、飛行機の機体の重心と機体を操縦する力の作用点という2つの点に着目すると、安定性の高い飛行機ほどこの2つの点が遠く離れています。これを頭において考えて下さい。飛行機の安定性と操縦応答性とを両立させるにはどうしたら良いでしょうか?
——飛行機の機体の重心が移動するようにします。ウエイトを載せておいて移動させます。
——燃料タンクを複数にしておいて、必要に応じて燃料を移動させます!
原理としては、どちらのアイデアも使うことができます。ただし、即応性という観点でどちらも実用的とは言えません。最近の軍用機には普通の意味での安定性を全く欠いた飛行機が出てきています。何もしなければどこに飛んでいってしまうか分からない飛行機です。自動操縦装置が働いて常時操縦桿を微妙に操作するようにして航路を維持するのです。これも2輪自転車で触れた動的安定性の1つの形です。このように設計された飛行機の操縦応答性は普通の飛行機に比べてはるかに優れています。
今日の授業は生徒たちにとって大変だったことと思います。難しい内容です。しかし、少しずつ理解していってくれるでしょう。もちろん、上手にノートをとることができれば良いのですが、学校のおかげでノートを取ることはほとんど病的なまでに嫌われるようになってしまいました。ですから、私たちは前もってTRIZの基礎を書いた資料を生徒に配布するようにしています。今日は進化の法則に関する資料を数枚配布しました。考え方を図式的に伝えるドネツクの教師シャターロフ{V. F. Shatalov}のリファレンスノートというアイデアを利用して、言葉は少ししか使わない資料になっています。
大人相手のセミナーでは法則は一番難しいところです。多くの人は技術の発展に法則があることを理解すること、信じることが難しいのです。いつも誰かが次のような無意味な議論を始めるのです。「これは法則ではなくて、法則性だ。法則には例外は無いはずだが、技術の法則はしばしば逸脱する例がある……」時には、用語の定義の議論が始まることがあります。例えば、このケースは不一致と考えていいだろうか、それともある種の一致なのだろうか、とか、粉末を使うことになる場合はミクロレベルへの移行と理解すべきだろうか、などという話しになります。あるいは、重箱の隅をつついて正確で詳細な定義を要求する人もいますが、正確で詳細な定義というのは発展を遂げて十分な高みに到達した学問がもつ特権です。TRIZは形成途上にある若い学問なのです。もしニュートンがそのような細かい議論に対応しなければならなかったとしたら「流率法」{後に微分積分学となった学問を発見者であるニュートンは流率法とよんでいた}が「微分」へと変化することなど無かったかもしれません。なぜなら、現在の観点で見れば「流率」などという概念を擁護することはできるはずもないのです。これに比べると、高邁な議論に逃れたりせずに、新しいものの核心をつかもうと努める子供たちに教えるのははるかに楽しいことに思われます!
サマースクールは本当に楽しい! 毎日興味深いことがたくさんで驚くほどです。しかし、朝十時に授業が始まること、これだけは変わりません。クロノスコープのスクリーンを使った授業を続けます。今日は「展開{広げる}」と「収束{たたむ}」という2つの新しいスクリーンを学びます。何か旅行の荷物を作っているみたいだといって子供たちが笑っていますが、かまわずに始めましょう。
——1に1を足すといくつですか?
生徒は拍子抜けした面持ちでその先を待っています。それでも一人がこたえます。
——2でしょう。でも、それで何なんですか?
——1足す1はいつでも2ですか?
送電用ケーブルを作っている工場で1つ問題がありました。ドラム{ボビン}に巻いて数トンの重さになったケーブルをトラックに積んで輸送するのですが、ドラムが転げ落ちないように複雑な固定具を使って荷台に取り付ける作業が面倒で時間がかかるのです。何か、良い方法はないでしょうか?
生徒は早速この問題の検討を始めます。理想的なのは固定具を全く使わないでもドラムが回転しないようにすることです。ドラムを四角にしたら! しかし、それではケーブルを使う作業ができません。ケーブルを巻き込んだり、巻きだしたりする時にはドラムを回転させなくてはならないのです。矛盾です:ケーブルを巻くためにはドラムは丸くなくてはならない、トラックから転げ落ちないためにはドラムは丸くてはならない。こういう矛盾はどうやって解決したら良いのでしょうか。良い解決策は資源をうまく活用したときに得られます。ここでの資源はドラムそのものです。トラックには一度にドラムを数個積むのが普通です。
——2つか3つのドラムを一緒にまとめます。まとめたものは、もう丸い形ではないので転がりません。
——1つの丸いドラムに、もう1つの丸いドラムを足すと……
——丸くなくなる!
——その通り。結果として新しい性質、前には無かった新しい特性が得られたことになります。このような手法はTRIZでシステム移行と呼ばれています。覚えていると思いますが「システムはそれを構成するどの部分も持っていないシステム独自の特徴を持って」います。一緒にした時にシステムに独自の新しい特性が現れる例を言える人はいませんか?
——前の授業でバイメタルの話がでました。種類の違う2つの金属を組み合わせると、温度の変化で形が変わるという新しい特性がでてきます。
ジーマが思い出しました。
——うちのパパとママはコントラスト・シャワーってのやるんです。熱いお湯と冷たい水にして交互に何度も繰り返してシャワーを浴びるんです。僕にもやれって言われて始めは嫌だったんだけど、そのうちに好きになりました。すごく元気が出て気持が良いんです。熱いお湯だけでも、冷たい水だけでもこうはいきません。
——そうだよ、いいね。急激な変化は身体が自分を護る力を活性化させて脳のニューロンの中でドーパミンが増えるんだ。ドーパミンていうのは神経伝達物質の1つで思考や反応の速度を早くしたり、脳や身体の活性を高めたり、心地よさを生み出したりするんだ。
・・・
地球上の最初の生物は単細胞生物でした。こうした生物は限られたことしかできません。そこで、群落を作り始めました。群落が大きいほど強い力を持つことができました。しかし、都合の悪いこともあります。細胞同士、お互いに邪魔をするのです。そこで「分業」が発生しました。異なる群落がそれぞれ、餌を集める、消化する、敵から防御する、全体をまとめるなどの異なる機能を担当するわけです。また、ある群落が他の群落に従属するといった階層関係も生じます。生命体の発展が進むにつれて、その構造に含まれる階層の数が増えて、様々な階層を連絡する上からのつながり、下からのつながりの数も増えてゆきます。階層構造が(インターネットのような)ネット構造になることもあります。こうした、非線形(単線的でない)システムは非常に多くの資源をもつことになります。TRIZではこのような発展をさしてシステムの「展開」と呼びます。
技術システムも同じように発展します。技術システムの展開には2つのルートがあります。それまで独立していた別々のシステムが1つに統合されるルート(このような統合は「上位システムへの移行」と呼ばれます)と、1つのシステムが徐々に部分に分かれながら、分かれた部分同士の間の結びつきが保たれるルートとです。
——誰か、このような例をあげることができませんか?
——パパはシステムエンジニアなんです。パパが言ってたんですけれど、昔は大きなコンピューターにコントロール装置が1つしか付いていなかったんで、コンピュータの能力を効率的に使うことができなかったんですって。人間が準備している間コンピュータが待っていることが随分多かったんです。その後、沢山の人が複数の端末でそれぞれ自分の課題を抱えて同時にコンピュータを使うマルチタスク・システムが発明されました。これって、典型的な分割ですよね?
——パソコンが発明された時には一台一台が別々に仕事をしていました。その後、ネットワークで結びつけられて、インターネットみたいに情報交換ができるようになりました。それが最近では「クラウド」が出てきて、情報を共有するだけじゃなくてコンピュータの能力を組み合わせて複雑な問題を解決することも始まりました。
・・・
「組み合わせ=統合」の始めのステップは2つを1つにするタイプで、これは生物学の用語を使ってハイブリッド{ハイブリダイゼーション}と呼ばれます。TRIZではこれをバイ・システム(二元システム)への移行とも呼んでいます。
ハイブリッドでどれほど数多くの新しい特性が得られるか驚くほどです。同じ1つの機能を異なる物理原理を使って実現する、だからお互いに競合関係にある2つのシステムを組み合わせた場合に特にこれが言えます。競合システムの組み合わせは一方のシステムが発展し尽くしてこれ以上の進化の余地が無くなり、他方のシステムは生まれたばかり、という時によく使われます。船用の蒸気機関は当初は帆船に搭載しました。当時の蒸気機関は効率が悪く石炭をたくさん使うので蒸気機関だけで全ての航海を行なうことはできなかったのです。でも、帆が役に立たない凪の時には助かりました。蒸気帆船は蒸気船の風に依存しない点と帆船の経済性という両方の長所を組み合わせたものです。また、初期のジェットエンジン(ブースター、加速器)は普通のレシプロエンジンの飛行機に搭載されました。ほんの数分しか使えませんでしたが極めて短い時間で飛行機を高速に加速することができました。ブースターは離陸時や戦闘中に逃げるための助けになりました。
新しいシステムは古いシステムとの「友愛」によって力を付けて徐々に古いシステムを置き換えてゆきます。もちろん2つのシステムを組み合わせる際にはそれぞれの長所が表面に出て、不要な点、短所が現れないようにしなくてはなりません。そうしないと、永年苦労してカブとキャベツのハイブリッドを育てたあげくに葉っぱの部分がカブで、根の部分がキャベツという野菜を作ってしまった運の悪い学者のようなことになってしまいます。
1950年代にカザーノフ (N.F. Kazanov) という学者が大変困った現象の研究をしていました。工作機械で高速切削を行なう際に切削工具に小さな盛り上がり、コブ、ができて加工が妨げられるのです。この現象の原因は切削箇所の高温・高圧によってワークの原子が拡散して工具に付着することだと分かりました。カザーノフはこの有害な現象を有益な目的に活用する方法を研究して拡散溶接という技術を発明しました。これによって極めて特殊な素材同士——金属と金属だけでなく金属とガラスや金属とセラミック——を高品質に溶接することが可能になります。ただし、溶接プロセスが極めて不安定だという問題があります。金属表面にごく薄い酸化層があっても拡散が妨げられてしまうために、無酸素状態で溶接を行なう必要があります。方法が2つあります。1つ目は真空チェンバーを使うことです。千分の一気圧レベルの真空でしたらそれほどコストはかかりません。しかし、拡散溶接では百万分の一気圧レベルの真空が必要となり、これを作るには多くの時間、労力、コストがかかります。もう1つの方法は不活性ガス環境での溶接です。しかし、これも酸素の混入が百万分の一以下という高純度の不活性ガスが必要でこれも極めて高価です。不純物が千分の一程度含まれている不活性ガスならコストは安いのですが…… どうすれば良いでしょうか?
早速ジェーニャが質問します。
——この問題、競合システムの組み合わせの問題ですか?
——そうです。
——それだったら簡単だ。真空チェンバーを安い不活性ガスで一杯にして、それから真空を作ります。この場合は百万分の一じゃなくて、千分の一気圧の真空でいいんです。それでも酸素の濃度は百万分の一気圧の真空と同じになるから。こうすれば、不活性ガスは安いし、真空を作るのもずっと簡単です。
・・・
システムの「展開」はバイ・システムで終わるわけではありません。次の段階はポリ・システムへの移行です。多数のシステムが組み合わさって統合される、あるいは、均一のシステムが様々な要素からなるシステムへと発展することです。
貨物船が港に着くと、貨物の積み降ろし、積み込みの間、船は港で待っていることになります。荷下ろし、積み込み作業をどれほど効率良くしても船を待たせている時間の損失は小さくありません。どうしたら良いでしょうか?
——本で読んだんですけど、幾つかの部分からできている船があって、それぞれの部分が水に浮くようになっているんだそうです。それを集めて列車みたいにして運ぶことができるんです。
——その通りです。そういう船をラッシュ船といいます。分かれている部分はバージあるいはライターっていうんですが、それをまとめてエンジンの付いている船首と船尾を取り付ける。出航準備完了です。港に着くとバージはそれぞれ荷下ろしを始めます。一方で既に積み込みが済んでいる別のバージが集まってきてまた新しいラッシュ船が組み上がって、無駄な待ち時間なしですぐに新しい航海に出てゆきます。復数の同種システムから作られるポリ・システムへの移行の典型的な例です。
システムの発展はポリ・システムでも終わりません。ポリ・システムの内部に独自の構造、階層、内部のネットワークが形成されて複雑になってゆきます。この状況は、ある全く技術的でないシステムの例でよく見ることができます。
紀元前490年にペルシャの大軍がギリシアの岸辺に上陸しました。これを迎え撃ったのははるかに少数のアテネ軍です。しかしマラトン野の戦闘の結果は、知っての通り、侵入軍の壊滅に終わりました。アテネ軍の戦死者192人に対してペルシア軍は6000人以上を失い、残りはパニックに陥って逃げ去ったといわれます。どうしてこんなことになったのでしょうか? ペルシア軍は素晴らしい軍勢でした。しかし、個々ばらばらに戦うことしかできませんでした。一方のアテネ軍はギリシア式ファランクスに隊形を組んで戦う訓練を受けていました。1万人のアテネ軍が列を揃え、槍の穂先を並べて駆け足でペルシャ軍のキャンプに襲いかかり、途中で出会った全てのものをなぎ倒しました。このように、構造を持ったシステムが構造を持たない軍に勝利しました。
それでは、ファランクスに勝つことはできるでしょうか? ファランクスに「勝った」のは数世紀後のローマのレギオンです。ファランクスには上のような優れた点がありましたが、極めて鈍重でした。側面から攻撃された時に1万の軍の向きを変えるにはどうしたら良いでしょうか? ローマのレギオンはマニプルスと名づけられた独立した小さなファランクスによって構成されていました。個々のマニプルスは独立して行動することができましたが、必要となれば合体して巨大なファランクスを形成することも可能でした。
——ラッシュ船みたいだ!
アリョーシャが大きな声を上げました。
——そうですね。始めは全てのマニプルスは一様でした。その後マニプルスは3つのラインに分割されました。第1のラインは若くて経験の浅い軽装歩兵、そして第3のラインは重装備の経験を積んだ兵士たちトリアリイです。彼らは20年以上兵役についている兵士たちです。第3のラインまで戦闘に参加するのは極めて激しい戦闘の場合だけです。しかし、第3のラインはほとんど無敵でした。
古代の戦争では司令官も自ら戦闘に参加するか、伝令を使って戦闘を直接指揮していました。今日の軍隊は極めて複雑で沢山のレベルからなる階層システムです。階層間には各種の連絡系統があって、下から上へは情報が、上から下には命令が伝達されます。また、内部は様々な軍事的専門家からなる部門に分かれ、それぞれが相互に連繋しています。総体として、軍隊は様々な機器を擁し、様々なコマンドや情報を中央演算装置に伝えるセンサーを持ち、コマンドを実行する作業装置を抱えた今日の電算機センターとよく似ています。
——ということは、全ての技術システムは最終的には自動化され、ロボット化され、コンピュータ化された複合装置になってゆくということでしょうか?
ジェーニャが真っ向からの質問を投げかけました。
——そうとも言えるし、そうじゃ無いとも言えるんだ。その前に「収束」のスクリーンを見てみようよ。
自動車のタイヤにゴムを貼って補修するのに可搬式の装置を使います。この装置は貼付ける箇所を10–15分間一定の温度に保つことができます。装置を構成しているのは自動車のバッテリーを電源とする電気ヒーター、温度センサー、電子スイッチ機構です。ヒーターが設定温度まで加熱するとセンサーがこれを感知して信号を出し、電子スイッチがヒーターの電源を切ります。温度が下がるとセンサーの信号でヒーターのスイッチが入ります。これが10–15分間くりかえされるわけです。コストが高いにもかかわらず信頼性の低い装置です。もう少し良いアイデアは無いでしょうか?
——信頼性が高くなるように回路を作りなおす!
——電子スイッチをマイコンにする!
——それじゃあ、コストがもっと高くなっちゃうよ!
——みんなは、システムを今よりももっと複雑に、もっと高価にするアイデアを考えているね。そうじゃなくて「収束」の方を考えてくれないかな。スイッチの接点を銀で被覆する問題を覚えている? みんなでシステムの理想性をもっと高くしただろう。アルキメデスの原理を使ってシステムを「収束」したんだよ。何か似たようなことができないかな? どうなれば理想的だろう?
——理想的なのは、制御機構が無くても、温度が自分でずっと一定のままでいること。
——それじゃあ、温度がどうなることが必要か、グラフに描いてみようよ。
ジーマが黒板のところにいって、説明しながらグラフを描きます。
——始めは、設定温度になるまで温度が上がっていきます。それから10–15分間はそのまま変わりません。
ここでは、温度の線は水平です。
——その後、温度が下がってゆきます。
——必要なのは何だろう?
——一定の温度が保たれること……
——思い出した!
突然ミーシャが叫びました。
——物理の教科書でそういう形のグラフを見た。「融解熱」っていうんだ。物質が溶け始めるときは全部溶けてしまうまで温度が高くならないんだ。
——そうだよ。暖める熱が温度を高くすることに使われないで、物質を溶かすことに使われるからそうなるんだ。冷やす時にも同じことが起きるんだ。全部が固まってしまうまでは温度は下がらないんだ。そしたら分かったね。どういう解決策が必要なのかな?
——分かりました! ヒーターのところに接着に必要な温度で溶ける物質を適量おいておく んだ。
——必要な時間だけ、温度が一定に保たれるようにするにはどうすればいい?
——物質の量で決まるんじゃないかな?
——正解。ほら、みんなでシステムを「収束」できたじゃないか。センサーは無いし、電子スイッチも無くなった。とても簡単な装置になったね。鉛と錫とを混ぜて必要な温度で溶ける合金を作る。それが入った小さな容器と、コイルヒーターと温度リレーだけだ。接着器の電源を入れるとヒーターが金属を加熱する、そして、金属が溶け始める。全部溶けて再び温度が上がり始めるとリレーがスイッチを切る。金属は徐々に固まりながら温度を一定に保つ。
・・・
——第二次世界大戦中、ソ連でもっとも数の多かった軍用機はイリューシン{S. Ilyushin}が設計した攻撃機Il-2でした。通称「黒い死」と呼ばれた飛行機です。この飛行機の持ち味は低空飛行で敵のタンク、車両、列車、堡塁を攻撃することです。当然、敵は様々な銃砲で防空射撃を行ないますからIl-2は防弾装甲を持っていなくてはなりません。戦争に先立って各国が同じタイプの攻撃機の開発を試みましたが装甲が厚いために飛行機が重くなってしまいます。飛行機の胴体を装甲で覆うことを考えたためです。ところが、イリューシンは胴体そのものを装甲で作るアイデアでIl-2を設計したのです。
——でも、それまでの設計技術者はそれに思いつかなかったの? なんか、信じられない……
——信じられない気持はもっともだよ。飛行機の設計技術者の頭が悪いなんて考えちゃあいけないよ。イリューシンには他の国の設計技術者が持っていなかった強みがあったんだ。それは、キーシキン{S. Kishkin}とスクリャローフ{N. Sklyarov}という2人の冶金技術者が作った新しいタイプの研究所なんだ。この研究所とイリューシンの才能とが一緒になったおかげですごい成果が得られたんだ。
——これも、ハイブリッドだね!
——サイズを揃えて色々なナットに使えるようにしたレンチ・セットも「展開」って言えます?
——もちろんさ。全てのシステムが同じように発展してゆくんだ。始めはシステムを複雑にしながら新しい機能を付け加えたり、従来の機能を改良してゆく「展開」が進んで、次には、{ものの見方を従来より微細にして改良手段を捜す}ミクロレベルへの移行や、柔軟化その他の進化の法則に沿って有益な機能を保ちながらシステムを簡素化し、信頼性を高め、コストを安くする「収束」が行なわれるんだ。一番面白いのは「展開」と「収束」どちらのプロセスでも理想化が進んでいることだよ。
ここのところ、いつも授業にもお客様がいるようになりました。他のクラスの先生や時折サマースクールを訪問する生徒の両親の方々です。みんなが驚くのは子供たちが難しい問題の解答を素早く見つけてしまうことです。長年子供たちを教えているので今は慣れてしまいましたが、私たちも最初は驚きました。大分以前に分かったのですが、次の2つの要因がこれに関与しています:
たしかに子供たちには知識が不足しています。ですから、彼らには発見されたアイデアの中でどれが一番現実的なのか選択するところが難しいといえます。しかし、知識は後からいくらでも得ることができます。
・・・
今日私たちは技術システムの進化の法則性をさらにいくつか丁寧に勉強しました。興味深いのはこうした法則性は技術にだけ働いているわけではないことです。心理学には大分以前から「収束」「沈潜」という概念があります。{原語はсвертываниеとпогружение:日本語のタームは確認中です}あらゆる対象、あるいは技能の習熟についての学習、理解、記憶の基本的方法を指します。例えばボクサーが打ち方を習う時には足の動き、肩の回転、腕の動き、肘、手というように身体の各部分の動かし方を個別に練習してゆきます。はじめはゆっくりと動かすだけでも正しく行なうのは難しいものです。しかし、個々の動きが次第に1つにまとまり、ついには自動的な動き、目にも留まらぬ一撃にまで達します。無意識の「収束」と「沈潜」によって身体の動きが本能的な水準に到達したのです。
全く関係のない単語を百個並べて記憶することのできる人はほとんどいないでしょう。しかし、詩ならば長いものでも記憶するのはさほど難しくありません。詩は容易に「収束」させて、記憶にしまい込み、同じように簡単に「展開」することができます。1つの単語や節が次の単語や節を引っ張ってくるのです。つまり記憶とは「収束」させて、次に「展開」させる能力です。これほど一般的なメカニズムを活用することが少ないのは何故でしょうか? 多分これを意識的に活用したのはシャターロフ{V.F. Shatalov:既出}だけです。一枚の紙を巻く{収束させる}ことですら行き当たりばったりではうまくゆきません。布地を上手に巻く{収束させる}には素材の内部構造の論理を知っていなくてはなりません。情報を収束させてしまい込む時には、主な「記憶の手がかり」が幾つか残ります。情報を引き出して展開させるための糸口です。こうした「手がかり」「糸口」がシャターロフの絵と図式を使った表現力豊かなリファレンスノートです。私たちは同様な狙いをもってポスター、黒板に描く絵、興味深い歴史の話、技術の例を使っています。
革新家や発明家になることは楽なことではありません。何かを生み出して定着させるためには様々な障害を克服しなくてはなりません。最初に打ち勝たなくてはならないのは自分です。自分が持っている心理的惰性です。
寒さで凍りついた石炭や砂を貨車から下ろすのは大変です。大きな固まりはバールやスコップだけでなく掘削機を使っても壊すことができません。どうすれば良いでしょうか?
——積荷を熱します。積んだものを固めている氷が溶けて固まりが小さくなって扱いやすくなります。
——問題を違う風に考えたらどうだろう。どうしたらもろく、砕けやすくなるだろう?
すると、ジェーニャがしっかりした声で発言します。
——色々なものが冷やすともろくなります。普通のゴムも液体窒素で冷やしてハンマーで叩くと小さく砕けてしまいます。
すごいね! 暖めるんじゃ無くて冷やすんだ! 「普通の逆にする」というのは発明家が昔から使っている手法の1つです。この手法の力は、新しいことを発見する妨げになる心理的惰性を克服させてくれることです。さて、問題に戻りましょう。
——「溶かす」と「もろくする」という2つの課題の設定の仕方の違いはどこにあるのかな? 2つ目の方が問題を解決しやすくしてくれた理由はなんだろう?
——「凍りついた」という言葉が、考える方向をかたよらせてしまうんです。
——心理的惰性を助けるエージェントの役割をするんです。
——その通りだよ! 「凍りついた」というのは1つの「ターム」{用語}なんだ。私たちは子供の時からタームを使って自分の考えを正確に分かりやすく伝えるように教えられています。タームで話すことは専門家がお互い同士理解しあうためには必要なことなんです。タームを使うと沢山の意味を1つの単語で暗号に置き換えられるから話しを簡単にできます。金属の専門家が「高速度鋼」といえば彼の同僚はその人が「6-18%のタングステンを含み、赤くなるまで加熱されても高い硬度を保つ特殊なスチール」のことを言っているとすぐに分かるわけです。この人たちはそんなことを考えもしないし、細かいことはもう重要じゃあないんだ。だけど、発明問題を解決しようとする時にはそういった細かいことが解決の鍵になります。だから、タームを解読する必要があるんです。
19世紀の末にロシアの大学者、化学者のメンデレーエフ{D.I. Mendeleev}は当時大変危険な作業だった熱風で火薬を乾燥させる工程の改良に着目しました。この作業では時々爆発事故が発生していたからです。どうしたら良いでしょうか?
——どうして乾燥させなくちゃあいけないですか?
——火薬は水の中で作っていたんだ。そういう技術で作るんです。
——そしたら、火薬の製造方法を変えなくちゃいけないんだ!
——どうして、変えなくちゃあいけないのかな? 他の点ではいい製造方法なんだよ。爆発事故だけが問題なんだ。でも、問題に取り組む始め方が間違っているよ。まず、タームを取り除くんだ。
——どこにタームがあるの? 「火薬」? これは、爆発物質にしようか。
——「乾燥」! これもタームだよ。これやめなくちゃ。
——乾燥って何だろう? 湿気をとること。
——また湿気だ! 凍りついた砂と同じだ。
——熱するのが悪いんだ。だから爆発するんだ!
——ということは、凍らせる!
——それと、湿気を吸い取る。
アリョーシャがおずおずと付け加えます。
——なんだって! 吸い取り紙を使うんだって!
ジェーニャが笑い出しました。
——それは批判だよ!可笑しいように見えるアイデアをすぐに攻撃しちゃあいけないよ。それに、アリョーシャのアイデアを発展させることはできないかい?
——ひょっとすると、湿った火薬に何か湿気を吸い取るものを混ぜたらどうだろう?
メンデレーエフが提案した解決策は本当にそういうアイデアでした。アルコールを使って火薬を脱水する方法です。それ以来、この作業では世界中でメンデレーエフの方法が使われているのです。
タームと闘うにはどうしたらよいでしょうか? 1つの方法は自分は12歳ぐらいの子供を相手に説明しているんだと考えることです。TRIZの大人向けセミナーに参加した人たちは、これをやっただけで自分が何をしなければならいけないのか気づくことが何度もあると言っています。惰性の最大の敵は新鮮な視線です。ふつう、長い期間考えている問題は習慣になってしまい、思考が同じところをぐるぐる回って先に進まなくなってしまいます。止まっている思考を動き出させるために使う特殊な手法があります。問題に関わるいくつかの指標を大きく変化させたときに問題がどのように解決されることになるのかイメージしてみることです。例えば、対象としているシステムの寸法を10倍、100倍あるいは百万倍に拡大してみたら? あるいは、その反対に小さくしてみたら? あるいは速度を1000倍に大きく(1000分の1に小さく)したらどうだろうか? システムを絶対零度近くまで冷やしたら、あるいは、アーク放電にさらしてみたら? という具合です。
もう1つの手法は、通常の制約を取り払うことです。仮に、重力がなくなったとしたら私たちの抱えている問題にどんな影響がでてくるだろうか? この装置を真空に置いたら、あるいは、マリアナ海溝の底に置いたら問題はどう変化するだろうか? こうした設問は、どれも慌てずじっくりと考えてみる必要があります。こうすることによって、解決策が当然のもののようにはっきりと見えてくることは稀ではありません。
ランナーがランニングマシンを使ってトレーニングすることがあります。こうすればマラソンの距離でもトレーナーが見ている前で走り続けることができます。それでは、スケート選手の場合はどうしたら良いでしょうか?
——良く滑るフッ素樹脂のベルトの上を滑れば!
——それは無し。本当の氷で練習しなくちゃならないんだ!
——氷じゃあ駄目だ、曲がらないもの! 循環するベルトをつくれないよ!
——それじゃあ、ベルトがうーんと長かったらこの問題はどのように解決することになる? 1000キロ、1万キロ。
——一方の端はヨーロッパで、もう一方がアメリカ!
——もう一方はアフリカの方が良いよ。そしたら暑いから氷が溶けて曲がるから。
みんなが楽しそうに笑います。
——笑っちゃ駄目だよ。それが解決策だよ。一方の端で水を撒いて冷却器で凍らせる。もう一方の端ではヒーターで溶かすんだ。さあ、次は制約を取り払う問題だよ。
現代の飛行機が着陸する時にパイロットは地面を見ながら一方で多数の計器に注意を払っていなくてはなりません。注意がそれると事故に繋がりかねません。どうしたら良いでしょうか?
——着陸はコンピュータにやらせる!
——許容範囲を逸脱している計器だけを画面に映すようにコンピュータに制御させる!
——そういうことは全部やっているんだ。でも、さっき言ったように制約を取り外すんだ!
——ここでは、どんな制約があるだろうか?
——情報は一人の人だけが受け取っている。だから、着陸は何人かのパイロットが一緒に作業するようにする。
——一人乗りの飛行機だったらどうする? 一人のパイロットに目が10あるようにすればいいんだ!
——そりゃいいね! 他には?
——パイロットが新しい感覚器官を持つようにしたらどうかな? 例えば、テレパシー。それより、匂いで情報を伝えるとか……
——触覚!
また笑い声が起こります。そこで、教師がメモ帳を取り出します。そこに雑誌の切り抜きが貼ってあります。「人間の新しい情報チャンネルが発見されました。これまで意味のある情報の伝達に使おうとは誰も考えたことがなかった腹部の肌がそれです。飛行士は電極付きのベルトを身に着けることになります。機体が傾くと傾いた側に弱い電流が流れるため、飛行士は機体のバランスが戻るまでそちら側にくすぐったい感じを受けます。」
ご覧の通り触覚です!
子供たちはお腹のくすぐりを活用する色々な方法を議論しながら休み時間に散ってゆきました。この原理に基づいて授業中にヒントをささやいてくれる装置を思いつかないものでしょうか!
・・・
教師が質問します。
——皆さん、類比{empathy=共感}って何だか覚えていますか?
ジーマが答えます。
——もちろん覚えていますよ。人が機械の中に「住みついて」みるってことです。
ジェーニャが補足します。
——シネクティクスで使うんです。
——その通り。あるとき、シネクティクスの専門家がそばの実から殻を取り除く作業を効率化する問題を解決しなくてはならないことになりました。彼らは自分がそばの実の殻の中にいるつもりになって考えました。丈夫な壁を壊して外に出なくてはなりません。結果として得られた解決策は空っぽのドリルを使って殻に穴をあけて中に高圧の空気を送り込むというアイデアでした。emapathyを使って次の問題の解決策を自分で考えて下さい。
冶金ショップで飛び散る金属のかけらや火花から作業員を保護するために防御用のネットスクリーンを使うことになりました。ネットの目が細かければ細かいほど、作業員を護る効果が高くなりますが視界が妨げられて中がどうなっているのかよく見えません。逆に目を粗くすると飛んでくるもので作業員が負傷する恐れがあります。どうしたら良いでしょうか?
生徒たちは苦労しています。何の中に入ったつもりになれば良いのでしょう。ネットでしょうか、飛んでくるかけらでしょうか。どうしても、うまくゆきません。emapathyは悪い方法ではありません。しかし大きな欠点もあります。第1に、この方法の要点は心理的な置き換えです。シネクティクスの専門家は自分が何らかのモノになったつもりで、そのモノの「イメージ」の中に入りこまなくてはなりません。これを行なうためには大変な努力が必要ですが、それをやらなければ大きな成果は期待できません。他方では、あまりにも深く「住みつく」ことは危険です。人がティーポットになったつもりになって、そこからどうしても抜け出すことができなくなったらどうでしょう。もう1つの欠陥も心理的なものです。何らかの対象物に住みついてしまうと、人は本能的にその対象物を分割することに繋がる解決策を避けようとします。実際のところ、自分が「バラバラに分割された」ところをイメージするのはあまり気持のよいものではありません。ところが困ったことに「分割」は良い結果が得られる発明アプローチとして代表的なものの1つなのです。
TRIZで使われる「小さい人」モデル{SML=スマート・リトル・ピープルという名称が使われることもあります}という方法はemapathyの利点を失わずに、あるいはそれをさらに強める一方で、この手法に固有の欠陥を取り除くことができます。「小さい人」モデルを使う時には矛盾する2つのことが求められている箇所——これを「操作空間」と呼んでいます——がおおぜいの小さい人のグループで作られていると想定します。問題を解決するためにはこのグループを変化させて矛盾が無くなるようにすれば良いのです。「小さい人」モデルを使って上の問題の解決に取り組んでみましょう。
まず、ネットスクリーンは手と手とを繫ぎあった大勢の人で作られていると考えます。人々の間を高温のかけらが通り抜けてゆこうとします。目の細かいネットは太っていて手の短い人々で作られています。この人たちはかけらを通しませんが、この人たちの向こう側は見ることができません。目の粗いネットは痩せていて手の長い人たちでできています。彼らの向こう側を見ることはできますが、かけらも通り抜けてしまいます。どうしますか?
——その人たちがうんと早く走り回っていたらいいんだ! かけらが通り抜けられないぐらいに速く走るんだ!
——それじゃあ、ネットがバラバラになっちゃうよ!
——みんなが手を離さないで、そろって走るんだ!
——いいね! それじゃあ今度は人間から物に戻ろう。普通の金属でできたネットだったらどうなるかな?
——動いているネット!
——振動するネットだ!
さあ、解答が出来上がった。「小さい人」が手伝ってくれたね。もっと「こき使っ」ちゃおう。
モーターの電極を作る時にコイルにエポキシ樹脂をしみ込ませたあとで炉で焼き固めています。その際に樹脂が焼けた硬い固まりができるため、これを手作業で取り除いています。効率化のためにショットブラストを使って固まりを取り除こうと考えてテストしました。ところが、ショットの一部が割れてかけらが樹脂に食い込んでしまうことがあります。モーターに取り付けた際にショートの原因になるためこの方法は使えません。そこで、ショットブラストに替えてサンドブラストを使うことにしました。ところが、今度は樹脂に食い込んだ砂のかけらがモーターの中に落ちてベアリングに入りこんで壊してしまいます。どうしたら、良いでしょうか?
今日はこの問題を解決するところまでできませんでした。いつものように、気がつかないうちにお昼の時間です。もちろん、この問題の解決は明日続けることにします。
明日は創造性についての2回目の討論会です。1回目はうまくゆきました。興味を持って集中している顔、輝く瞳を見るのは楽しい思いです。私たちが子供に教える仕事を始めたばかりの頃に、経験豊かな大人たちに、子供を茨の道に引きずり込もうとしていることを自覚しているのかと訊ねられたことがあります。創造に取り組む人生は、膨大な苦労、闘い、失敗、失望などがつきものの人生だからです。
もちろん、私たちには自分の立場を弁護する議論がありました。遠く1961年にユネスコ、国際連合教育科学文化機関は現代に生きる人は一生の間に何度も教育を受けなおし、時には全く職業を替えることを覚悟しなくてはならないと宣言しています。こうしたやり直しは大変つらいことですが、創造性教育は若者が急速に変化する現代の世界に適用することを容易にしてくれます。
さらに、創造的な活動に従事している人々は高齢になるまで働くことができて、そもそも一般に長命です。学者、芸術家、ビジネスマン、経営者といった人々は65歳、70歳になっても全く精力的に仕事を続けています。創造は退屈を癒す最高の薬、人生の真のエリクサー{不老不死の霊薬}、幸福の源です。
これらはその通りなのですが、否定的な側面もやはり残ります。それを甘受しなくてはならないのでしょうか? もちろん違います。良く闘うためには敵について良く学び、創造的に生きることに伴って人生で必ず出会う困難とはどういうものなのか、それに対してしっかりとした備えができていないとどういうことになるのか良く知っていなくてはなりません。この問題は科学的に対処しなくてはならないということが分かりました。そして、そのための研究が始まりました。最初の成果はアルトシューラによって開発され「創造的人格の人生戦略」と名づけられた仕事ゲームです。要点は創造的な人と人生で遭遇する「反創造的」な状況との間の闘いの「ゲーム」の中で「理想的」な仲間のグループを作りあげることです。ゲームの作者はそこで1つの驚きに出会うことになりました。彼らは、次のように言っています。
「研究の方法と計画とはTRIZのいつものやり方と変わりません。『特許情報』、優れた学者・発明家・作家・画家の伝記の研究、個々の人が行なったことの中で最も効果の高い方法の分析、うまくゆかない方法の分析、状況の影響の分析、そしてこれらに基づいて、創造的な人々の経験を一般化して、極力失敗を回避できるようにする総合的アルゴリズムを作り上げるのです。私たちは『一流の人』『マスター』『グランドマスター』のレベルそれぞれに対応する複数のアルゴリズムのセットを開発することになると想定していました。ところが結局、作れるのは1つのアルゴリズムだけで、レベルの違いは『一流の人』が課題の10分の1だけを克服するのに対し、『マスター』は3分の1、『グランドマスター』は課題全てを克服するということなのだと分かったのです。」
人生で遭遇する状況に対抗してゲームを続けるのは難しいことです。状況は色々な手を打ってきます、色々な可能性が考えられます、相手の最強の駒が複数で攻めて来るかもしれません。しかし、創造的な人の側にも守りようが無いわけではありません。敵の攻撃を予め予測して「機先を制した」手を打って守ることです。人生で出会う状況によって「他の人と同じ基準で律」せられずに闘いを耐え抜くことができるように、私たちはこうした「機先を制する」最強の方法についてお話ししようと思っているのです。
「機先を制する」手の中でも最も重要なのはできるだけ早い時期に目標を選ぶことです。歴史をみれば12歳から15歳で人生の目標を選ぶことも不可能ではありません。若い時には生活上の幾多の些事や打算に煩わされず、多くのことを知ろうとする習慣はまだ保たれていて、自分のやることで人類に貢献したいという欲求を持っています。後になって目標が変わったとしても恐れるに値しません。目標もまた、複雑なシステムで、それ自身が発展の法則や矛盾を持っています。まず目標を持つことが第1です。目標を選ぶことが早ければ早いほどそれを達成し、創造的な人物となるチャンスもそれだけ大きくなります。しかし、他方では選択のための情報もその分少ないと言えます。この問題については明日、討論会で集まった時に議論したいと思います。
サマースクールは30日間ですが、本サイトへの掲載は10日目までとさせて頂きます。著者による原著の改訂作業も進んでいますので、翻訳を完了し次第電子書籍として出版したいと考えています。
どうぞ、ご期待ください。