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「思考ツールとしての「理想性」の使い方」

この文章はモスクワの大学で様々な分野の学問に携わる教師が協力して執筆した20章からなるTRIZ教科書の第4章の全訳です。教科書の20章は20回の授業を想定して書かれていますので、ここに紹介する「理想性」の使い方は一回分の授業に相当する内容です。

ただし、以下の翻訳は教科書そのものではなく著者の一人アレクサンドル・クドゥリャフツェフが運営するロシア語のTRIZサイト「Metadolog」に掲示されているものを原文としています。なお、同サイトでは教科書の前文と20章中10章を読むことができます。

この論文には著作権があります。
日本語の翻訳の著作権はサイト管理者にあります。
無断転載は禁止いたします。

(原文:http://www.metodolog.ru/00033/00033.html

(本文中の{ }は翻訳者による補足)

TRIZ教科書

4.思考ツールとしての「理想性」の使い方

A.B.クドゥリャフツェフ

理想性はTRIZでも最も大切な考え方の1つです。理想性はTRIZの「進化の諸法則」{http://www.trizstudy.com/altshuller1979zakony.html}の1つ(理想性の向上の法則)の主旨そのものですし、他の一連の法則の根底となっているのもこの考え方です。この考え方が最もはっきり出ているのは例えば次の法則です:

  • システムから人間が排除されてゆく法則訳注1
  • マクロレベルからミクロレベルへ移行してゆく法則訳注2

訳注1:「システムは次第に人間という外部の力を使わずに自ら満足な機能を発揮できるようになってゆきます」という趣旨の法則です。この法則は本サイトに掲示されているアルトシューラの当初の法則には入っていませんが後期の著作で取り上げられています。

訳注2:「システムの内部の資源活用が進むと次々とより微細なレベルに掘り下げて資源を探すようになってゆきます」という趣旨の法則です。

アルトシューラは「理想的なシステムとは、システムは存在しないのにそのシステムの機能は実現されているシステムだ」と言っています。

理想的なシステムを考える時には次の2つの思考作業をしなくてはなりません:

  • システムは実際には存在しなくてもいい、システムなしでやってゆけるという状況をイメージする。
  • どのような機能があるからそのシステムが必要なのか、その機能を明らかする。

とはいえ、どちらについても実際の状況でこれを行うことのは難しいことがあります。具体的に考えてみましょう。

TRIZの学習の過程で「存在しないシステム」について例えば「理想的な電話とは無いのにある電話のことだ。理想的な懐中電灯とは無いのにある懐中電灯のことだ。等々」とひな形に合わせて表現してみるだけなら簡単なことです。しかし現実の仕事のなかで、当事者にとって重要ななんらかのモノを目の前に置いてその貴重な何かと、思考操作の手順にしたがってそれを頭のなかで否定してしまう作業とを結びつけるのは難しいかもしれません。例えば「理想的な技術者」という抽象的観念を文にするのは簡単です。「理想的な技術者とは、その技術者はいないのに、その技術者の役割は果たされている、そんな技術者のことです。」このように定義をするのは難しいことではありません。しかし多くの人にとってこの意味での「理想的な」姿を自分の専門分野でイメージするのは容易ではありません。技術者にとって自分がやっている技術の専門家としての役割が必要とされない世界を想像するのは困難でしょう。お医者さんがここでいう意味で「理想的な」医師とは何かを、あるいは教師が「理想的な」教師とは何かを具体的に考えるのも易しいことではありません。もともと明らかでわかりきったものがここでは形を変えてしまい何か違うもの、例えば{理想的なあるものに求められる}一連の要件のリストになってしまいます。変えようがないと思われる重要な要素を欠いた新しい世界像がクローズアップされているのです。

アルトシューラの定義の後半「そのシステムの機能ははたされている」とはどういうことかこれを正確に捉えるのも容易ではありません。しかし、改良されたシステムに求められるのは何なのかを理解すること、それこそが理想性のモデルを用いるうえで最も重要な点なのです。

現実には事前に目標をはっきりさせることをしないで課題を達成する方策を決めている場合がひんぱんにあります。仕事の結果がどうなるか決めることに代えて、その結果を得るためにどんな仕組みを使うかを決めます。例えばなんらかの部品を固定する必要がある場合に、作業の課題は「これこれの部品を固定する装置を作る」ことになります。当初の課題設定がこのように行われていることがあったら、極力これを改めて正確な目標設定に修正しなくてはなりません。

理想性の理念を論じた前回の講義{近い内に翻訳する予定です}では目標を実現する具体的な手段はさておき目標そのものが何かを見据えることが極めて重要かつ有益だとしました。 目標を見据えることができるということは、結果を実現する手段がわからないうちに結果そのものは見えているという意味です。このアプローチが必要なもう1つの理由は、期待される到達点を理解してはじめてそこに至る手段の良し悪しの判断が可能になるからです。目標を理解する深さは具体的な状況で最適な手段を選択できるか否かにも、その場合の判断の正確さにも影響を与えます。

例:井戸の中に機械を降ろす装置を開発しなくてはならない

この表現は、より広い表現にして「井戸の中に機械を降ろさなくてはならない」と変えることができます。こうするだけで{新しい装置を開発することだけでなく}既存の手段を活用することが選択肢として含まれるようになります。もう一歩進めて、更に広い表現にすることもできます。例えば「機械が井戸の中にあるようにしなくてはならない」という具合です。

続けていっそう広い表現に変えることは可能でしょうか。ここで触れられている機械の用途に目を向ければもちろん可能です。機械の用途が水を地表に上げることだとすれば、例えば、目標は「水を地表まで上げることだ」ということができます。それならば、機械が地表にあって井戸から水をくみ上げるアイデアも視野に入れることができます。

理想性という考え方と理想的なシステムの原理とを誰に言われなくても自動的に当てはめて考える習慣はTRIZ専門家の仕事ぶりの特徴の一つです。ところでTRIZの文献中に、この原理の使い方が最もたびたび現れるのはARIZのなかで最も興味深い箇所の1つで、かつヒューリスティックとしての価値も高いステップでもあるIFR(理想的な最終結果の特定)のところです。

IFRという概念がカバーする範囲は理想的なシステムの概念やその概念が持っている可能性の範囲と必ずしも同じではありません。IFRとはそれまでなんらかのモノ(あるシステムの要素、その上位システム、あるいはその環境)が担当していた一群の機能を他のモノにそれだけで実現することを求めることです。これを実現するやり方には元のシステムからの理想化(何かの省略)の程度が異なる3つのバリエーションがありえます。

1.求められる質を損なわずに、あるものがそのものとして(言い換えると、通常そのために使われているシステムあるいは機構を使わないで)自ら自分自身を加工する

これは、あるモノが(ユーザーにとっての有用さを失わずに)そのモノを加工するためのシステムの機能を果たすことを意味します。このIFRは理想的なシステムの概念と基本的に一致します。しかしIFRをこの形で捉えることが常に妥当だと言うわけではありません。というのは、課題のあり方によってこの捉え方では、問題が起きている領域について予め決められている具体性のレベルと齟齬をきたすことがあるからです。

何かを加工するシステムは必ず幾つかの部分(こうした「部分」の内容については「システム各部の完全性の法則」のところでその一般的な形態を学ぶことになります)から成り立っています。こうしたシステムの理想性はそれを構成する要素の1つが他の要素に代わって追加的な機能を引き受けることでも向上します。代わりを引き受ける役割はシステムの中で作用を加える対象である「ワーク」の加工に直接携わっている「ツール」の部分に担わせるのが最も合理的です。その場合IFRは次の形になります:

2.システムのツールが対象物の加工を続けながら(すなわち、ツールそのものの機能をはたしながら)システムの補助的な要素の機能(ツールに対するエネルギーの供給、ツールの位置取り、……)を自ら自分でやってしまう

もちろんこの際にツールが補助的な機能の全てではなく補助的な機能の一部(例えば、制御機能あるいは、エネルギー供給……)を担う場合もあります。状況によって様々なレベルの「収束度」をもったシステムが出現することになります。例えば、特にエネルギー源というものをもっていないシステム、エネルギー伝達装置を持たないシステム、あるいは、制御機構を持たないシステムなどです。

重要な機能をもったシステムがあってなんらかの理由でそれなしですませることができない場合には、そのシステムに追加の機能を持たせて何か他のシステムを省略することが考えられます。その場合のIFRは次の形になります:

3.あるシステムがそれに固有の機能を実現しながら自ら追加の機能もはたす

以上からいえることですが、IFRの一般的な構造{の定式}はつぎの通りです:

  • あるモノが
  • 自ら
  • 追加の機能をはたす
  • その際、(なんらかの追加の条件が加わることがあるにしても)自分の機能を継続して実現する

問題を解決するためになんらかの要素を追加して導入する{ことが前提となっている、あるいは、どうしても必要な}場合には、上と区別して考えなくてはなりません。追加の要素は周囲のシステムの中に実際に存在するシステムの場合がありますし、いわゆる「X要素」という{方程式の未知数xのように}抽象的に設定されたモノの場合もあります。この場合IFRは次の構造で定式化されます:

  • あるモノ(X要素)が
  • 自ら
  • あらかじめ特定された望ましくない作用を取り除く
  • その際、{与えられた}システムを全く複雑化しない(追加の要素を導入する場合、ほとんどのケースでその要素が自分の機能を保つという要件は余計ですが、他方で追加の要素が加わることによってシステムが複雑化してしまうリスクは大いにありえます)

「X要素」(初期のARIZでは「外部環境」という概念が使われていました)を使って考える場合には独特のテクニックが必要となります。ARIZに従ってまずIFRを設定したうえで、次に、与えられた問題を解決に導くためにどんな特性や特徴が必要か、求められることを1つずつ明らかにしていかなくてはなりません。X要素とはこうして求められる特性や特徴の総体ですから、それらを、システム自身の中に潜在するまだ明らかになっていない可能性として探してゆかなくてはなりません。こうしたシステム内部での探索がうまくゆかない場合は、求められる特性を持った新たな要素を使わなくてはなりません。

IFRの作り方とそれを現実の問題解決に活用するテクニックを練習します。

例として、一定の距離を越えて熱を伝達する技術についてIFRを使ってみましょう。私たちが自然で手に入れられる最良の熱伝導体が金属だということは誰でも知っています。この点で特に優れているのは銅、銀、金です。しかし時には金属の熱伝導性でもまだ不十分ということがあります。例えば長さ数メートルの金属のロッドを通して大量の熱を伝わらせるのは簡単ではありません。長いロッドの片方の端を溶け始めるほどに熱しても反対側の端は平気で手でつかめます。そこで面白い課題が見つかります。限られた断面を通してあまり温度を下げずに大量の熱を伝えるにはどうしたらいいでしょうか。上の定式に沿って文章を作りIFRを考えてみましょう。

「大量の熱が、途中で失われたり大きな温度差を生じさせることなしに、空間を通して自ら伝わってゆく」

実はこうした装置はもう作られています。この装置は「ヒートパイプ」と名付けられています。最も簡単なヒートパイプの構造は次のようになっています。

耐熱性の素材(例えばスチール)で出来た{密閉された}パイプを使います。パイプの中の空気を抜いて{真空に近い状態にして、そこに}少量の液体つまり熱媒体を入れます。

図4.1
図4.1

下の端が過熱される箇所、上の端が熱を逃がす箇所となるようにパイプを配置します。この状態にすると重力でパイプの下に溜まった液体が過熱され{パイプの中の気圧が低いのですぐに}沸騰します。その蒸気は一瞬のうちにパイプ内の空間を満たし一部が冷たい側面に触れて凝結します。その際に蒸発熱と同量の熱を放出します。(蒸発熱と凝結の際に放出される熱とは等しいことが知られています。)上方の壁面での凝結で生じた液体のしずくは下に落ちて再び過熱されます。こうした「水の自然循環」の仕組みは実に大量の熱を移動させる力を持っています。

この熱移動のプロセスを見ると熱の流れが自らヒートパイプ全体わたって展開してゆく様子が見られます。

今度は私たちが新しく考案した別の仕組みについて考えてみましょう。上のヒートパイプでは過熱箇所が下に、放熱箇所が上になっていました。さて問題です。過熱箇所を上に、放熱箇所を下にすると何が起きるでしょうか?

図4.2
図4.2

この仕組みはそのままでは働いてくれないことが明らかです。仕組みが働くようにするには熱を加える前に液体を{加熱される}上の端まで持ち上げなくてはなりません。

課題4.1.

液体をパイプの上端に上げるにはどうすれば良いでしょうか?

まず考えることはポンプなど何らか専用の仕組みを使って液体を送りあげることです。しかし、その前にIFRを考えてみましょう。パイプ・液体・温度の場・冷媒についてこのオペレータを適用することになります。ここで大切なのは、IFRの文を定式に沿って、口に出して言うか書き出すようにするか、何れにしても必ず完全な形に仕上げることです。

例:

IFR:パイプは自ら液体を上部の熱供給箇所まで移動させる。その際、蒸気がパイプ内に自由に拡散することを妨げない。

(これを実現する案:パイプの壁を液体が上がって行くための通路で満たす)

IFR:液体は自ら熱供給箇所まで登って行く。その際、蒸気がパイプ内に自由に拡散することを妨げない。

(これを実現する案:液体が自ら登って行くように、液体の通路の特性値を設定できないか? ……もちろん、毛細管!)

IFR:温度の場は自ら液体を熱供給箇所に上げる。その際、パイプに対する熱の供給を中断しない。

(実現案:上部に広がっている温度の場は液体を熱供給箇所に上げるうえでなんらか役割を担ってくれるかもしれない)

もう一度強調しておきたいと思います。IFRを実現すること、つまり、何らかの要素に新しい役割を担わせることがその要素本来の有益な機能を損なってはなりませんし、もちろん、システム全体の主な有益機能を妨げることがあってはなりません。IFRに含めるこの付随的な要件の具体的内容がどうなるかは、その要素がどのような機能を担っているかによって左右されます。

以上に加えて空気を抜いてあるパイプ内部の空間について考えてもいいでしょう。この点についてIFRを作ることもできます。その内容は上に挙げたIFRと大変似通ったものとなり「パイプの内部の空間は自ら……」といった具合です。IFRの対象として考えられるものがもう一つあります。それは、私たちが無しに済ませたいと考えている、「ポンプ」です。システムの基本的な機能が確保されるようにするためには、システムの中に新しい要素を暫定的に導入して、その要素の長所を全て残したまま、即座にそれを無しで済ますように考えるというアプローチも役立ちます。ここでは、一旦ポンプ付きのシステムをイメージしたうえで、IFRに従ってシステムにはポンプの作業部、例えばポンプの羽根だけを残すように考えてみましょう。そしてそのあとで、その羽根が、モーターその他の助けを借りずに、自ら液体を熱供給ゾーンに押し上げるという技術要求を付け加えることにします。

もちろん、例えば蠕動ポンプなど、他の原理に基づくポンプを選んだとすれば羽根ではない別の器官について技術要求を設定することになります。「パイプが自ら脈動して液体を押し上げる。」

これまで挙げてきたIFRの様々なバリエーションの全てがこの課題に対する現実的な解決策を示唆しているとは言えないかもしれません。しかし、ここまでの検討によってIFRは選択した要素に思考の精力を集中させ、問題を解決しようとしている人が隠された可能性を探すように確実に仕向けてくれるという、一般的な原理が見えてきました。

毛細管の利用はパイプの長さが短いときに熱媒体を熱供給箇所に移動させる方法として効果的です。なお、無重力空間で使用するヒートパイプの熱媒体を熱供給箇所に届ける手段としては毛細管が最も効果的です。この場合パイプの内側の側面を毛細管・多孔性物質でコーティングします。高温で使用するヒートパイプの場合は内側壁面をメッシュで覆って毛細管に替えます。

稼働中のヒートパイプの表面は(自ら)一定の温度を保つことが知られています。例えば乾燥工程、同種の装置の比較テストなどでは、技術上温度を一定に保つ必要が生じることはしばしばありますから、恒温を保つ現象は極めて重宝です。ヒートパイプを利用するとこれが大変容易になります。インテーク側に熱源がある場合、熱源の温度が熱媒体の蒸発温度より高い場合にはそれがどんな温度でもヒートパイプを使って過剰な熱をすべて「カット」できます。ヒートパイプの表面温度は熱供給箇所と熱放出点との間の温度の相互関係と熱交換が行われる面積だけで決まります。熱供給と熱放出のプロセスが安定し蒸発面と凝結面の面積が等しいとすれば、パイプ表面の温度は熱供給箇所と熱放出箇所の温度の平均温度となります。

課題4.2.

ヒートパイプが働いている状態について考えます。働いていない状態のヒートパイプと外見は全く変わりません。ヒートパイプのテスト装置で一つの課題が生じました。「ヒートパイプが働き始めたことを検知するにはどうしたらいいだろうか?」というものです。これについても、求められる結果を明らかにし、IFRを定式化して課題設定を行います。もちろん、その前提としてヒートパイプが働き始めるとパイプの中でどんなことが起きるのかを理解しなくてはなりません。この点については、ヒートパイプが働き出すとまさにそのことによって状態が変化する箇所、その部品が教えてくれる可能性があります。

ヒートパイプが働き出したときにパイプの各部に何が起こるでしょうか。パイプの胴体の表面は一定温度を保ちます。毛細管は動いて上にあがってゆく液体で満たされています。パイプの両端の間には圧力差があります。熱供給ゾーンでは熱媒体の蒸気の圧力が最大ですが、蒸気が凝結している熱放出箇所では蒸気圧はゼロに近い状態です。過熱された熱媒体は蒸気になり熱い端から凝結箇所に向かって動いてゆきます。

こうした現象——具体的な状況の特性と名付けましょう——は、どれもヒートパイプが稼働中だということを私たちに伝えてくれる可能性をもっています。従って、ここで触れた現象それぞれについて対応するIFRを明らかにし、できあがったIFRに基づいて課題4.2.の解決策の案をつくることができます。

ヒートパイプの性能を確認するために研究所で実際に使われている方法の1つはヒートパイプの中によくあるホイッスル(あるいはパイプの中の蒸気の動きで揺れることによって音を出す弾性のあるプレート)を組み込んでおくことです。もちろん、この案には「理想的」なところも、そうでないところもあります。そもそもこれでは常に音が出続けてしまいますから、実際は多分使えないでしょう。しかしこれは手元にあるものを「手っ取り早く」利用することで必要な情報が得られるアイデアです。

このアイデアから更にもう1つ新しい課題を取り出すことができます:

「必要な時だけ音が出るようにするにはどうしたらいいでしょう?」

これについてもIFRを使ってヒントを得ることができます。

IFR:ホイッスルが自ら使う人が必要と考える時だけ鳴るようにする

ここで求められていることを定式に沿ってより正確に記述してみましょう:

より正確なIFR:ホイッスルのリードは使う人が必要だと思うときにだけ振動する

このように選択的に働く仕組みは、外部から力を入力して音を出す部分を働かせるようにすれば可能です。例えば、ホイッスルのリードを固定するストッパーをパイプの側壁にネジ付けしておいて、外部から操作するとリードが自由になって、ヒートパイプが働いていれば、音を出すといった仕組みが考えられます。

次に、解決策のアイデアを得る際に理想性とこれに基づくIFRが使う他のケースを検討してみましょう。

課題4.3.

金属を使って中空の小さな球を作っています。球のボディーの壁の素材は均一で厚さはどの方向をとっても同じ厚さでなくてはなりません。出来上がった多数の球の中から良品を選別する必要があります。高い費用をかければ専用の非接触検査装置を開発することもできますが、それとは別にIFRを考えてそれに沿ってアイデアを探してみましょう。

ところで、始めにどのような球に着目してIFRを設定するのか決めておく方が良いでしょう。例えば、対象として中空の部分が中心からずれている球を取り上げます。これを決めておくと、次に何が必要か決めることがはるかに容易になります:

IFR:不良品の球は自ら良品から別れて行く

さらに正確に、物理レベルの現象を見つめると次のようになります

より正確なIFR:中心からずれた重心は自ら良品から別れて行く

原理的に可能性のある解決策:球が一つづつ幅の狭い直線の傾斜路を通ってゆくようにします。重心が中心からずれている球は直線の中心からずれて転がるので傾斜路から落ちてしまいます。良品の球と欠陥品とはこのようにして自ら自然に分別されてゆきます。

課題4.4.

心理学者マックス・ヴェルトハイマーが書いた「生産的思考」という書籍に書かれている現実の状況について考えてみましょう。

2人の男の子がバドミントンをしています。私には窓の外の2人が見えますが、男の子たちには私が見えません。1人の子供は12歳、もう1人は10歳です。2人は何セットかプレイしました。年下の子供は弱くて一度も勝てませんでした。

2人が話していることを少しだけ聞くことができました。負けてばかりいる子供——Bと呼ぶことにしましょう——はだんだん元気が無くなってきました。どうにも勝てるはずがありません。Aが度々うまいサーブを打つものですからBのラケットはシャトルに触れることもできません。状況はどんどん悪くなってゆきます。ついにBはラケットを放り出して傍に倒れていた木の上に座り込んで「もうやらない。」と言いだしました。Aはなんとか続けさせようと説得します。Bは返事もしません。Aも隣に座ります。2人とも怒っているようです。

ここでストーリーを中断して読者に訊ねましょう:

「どうしらたいいでしょう。もしあなたが、年上の男の子だったとしたら何をしますか? いいアイデアはないでしょうか。」

技術の問題ではありませんがIFRを使ってこの問題(2人の男の子がもう一度バトミントンをしたくなり、2人が楽しめるようにするにはどうしたらいいか)を解いてみましょう。ここでもしっかりした目標を設定しなくてはなりません。結果としてどうなったらいいでしょうか。2人に実力の違いがあっても2人がどちらも楽しめなくてはならないことが明らかです。

ここでのIFRは次のようになると思います:

プレーヤーAは自らプレーヤーBがシャトルを打てるようにする。その際、自分の方がわざと下手にプレーしたり、自分が楽しめないようにしてはならない

2人のプレーヤーが同じ1つの目標を目指してプレーするようにすればこれを実現することができます。

ゲームの目標を次のようにします:

  • シャトルができるだけ長く落ちないようにする
  • 上手なプレーヤーは下手なプレーヤーが自分にシャトルを返せるように打たなくてはならない
  • あるいは……
  • 上手なプレーヤーが利き手でない方の手でプレーする、など

このケースでは目的を明らかにすること自体すでにその目的をどのようにして達成したらいいのか示唆しています

課題4.5.

どこの家にも屋根に降った雨水を流す垂直のパイプがありますが、ロシアの寒い冬にはパイプの中が氷で塞がれてしまいます。春になって氷が溶けるとパイプに詰まった氷が周囲から溶け出して緩むため中央のまだ氷の部分がパイプの中を下に落ちてゆきます。こうして落ちた氷がパイプの曲がった部分に衝突してパイプを破損することがあります。また、氷がパイプから飛び出して歩道に落ちると歩行者を傷つけることにもなりかねません。氷を叩いて取り除くのでは手間もかかりますし、あまり効果的ではありません。

パイプの中の氷が落ちないようにするにはどうしたらいいでしょうか

課題に関与するすべての要素についてIFRを考えることができます。そうした要素はここでは2つあります。氷とパイプとです。重要なのはこれらの要素についてどのような要請を設定するかという点です。

IFR案:完全に溶けてしまうまで氷が自らパイプの中に留まる

IFR案:氷が完全に溶けてしまうまでパイプが自ら氷を止めておく

すぐ気づくことですが、現実ではパイプと氷とは氷が完全に溶けてしまうまで結びつき合っているわけではありません。(だからこそ、氷やパイプにそのようになることを「頼ま」なくてはならないわけです)そこで:

IFR案:最後まで溶けない部分によって氷が自らパイプにしがみつく

あるロシアの発明家がこのIFRの1つの可能性を記しています:

  • 屋根の端から雨水を受けるといの水受けを漏斗状にし、屋根の先端に固定した曲がりくねったワイヤーを水受けの口からといのパイプの中を下に垂らす。寒い季節にといの中に詰まった氷は暖かい季節になると外気温の影響を受けるパイプから熱を受け取るためパイプに接している外側から溶け始める。一方パイプ中央のワイヤーの周りの氷は最後に溶けることになるが、ワイヤーに巻きついているため溶けきるまで下に落ちない
図4.3
図4.3

このアイデアで採用されている変化、つまりパイプの中にワイヤーを通すこと、では氷に関連するIFRの「完全に溶けてしまうまで氷が自らパイプの中に留まる」というアイデアが文字どおり実現されるところに大分近づいていることが見られます。

技術に関与するモノはどれも多数の特徴・特性をもっていますが具体的な状況で人間が利用しているのはほとんどの場合そのうちごく一部でしかありません。従っていわば「予備」といえる多くの特徴・特性がありますから私たちはシステムの種々の要素に新しい何かを期待しそれを利用する新たな可能性を見いだすことができます。

こうした背景があるからこそ、理想性は思考作業をたすける汎用的なツールになるのです。

{TRIZでいう}理想的なシステム{ideal system}と科学で用いられる理念化{idealization}との間の違いは、科学では現実世界に基づいてそれに近い理念モデルを作るのに対して、技術分野では理念的なモデルに基づいて現実世界で何かを作ることです。そして科学の世界で絶対的な真理というものが決して到達できない目標でしかありえないとすれば、一方技術の世界で私たちは自分にとっての絶対的真理つまり最終的な限界あるいは対象のモノの究極的な状態を即座に把握することはできるものの、ここでもその真理、その状態を目指す作業には終わりがありません。比喩的に言えば、技術は夢を現実に変えることを通じて、私たちが夢の世界に住むことを可能性として提供してくれるのです。理想性のモデルやIFRを使った作業はこの可能性を現実に変えてゆくための実践的なツールです。

原文
Кудрявцев А.В.
4. Практическое использование понятия идеальности
// Учебник по ТРИЗ.
(http://www.metodolog.ru/00033/00033.html)

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