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TRIZの古典

アルトシューラ
「体系的思考を育てることがARIZを教える最終目的だ」

この論文は The Official G.Altshuller foundation の許可に基づいて掲載されたものです。(下記のURLはファウンデーションのサイトにリンクされています。書誌詳細はページ末尾

This paper was published with the permission of the Official G.Altshuller foundation: www.altshuller.ru/world/eng/index.asp.

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発明の方法の教師へ

体系的思考を育てることがARIZを教える最終目的だ

G.S.アルトシューラ、1975年、バクー

 ARIZはなによりもまず具体的な課題を解決するための道具です。しかし、どのような道具も長期間定期的に使っているとその道具を使っている人になんらかの影響を与えます。ARIZも、真剣に定期的に使った場合には、そうした影響を与えて、徐々に新しい思考スタイルを形成してゆきます。

 それでは、ARIZ式思考スタイルとは何なのでしょうか。

 この質問に答えるために優れた(天才的な)思考と普通の思考とは何が異なるのか考えてみましょう。

 新しいクレーンを開発する課題があるとしましょう。普通の設計者が視野に入れるのは既存のクレーンです。

図式1
(図式1)

 そして、それに部分的な変化を加えようとします。

図式2
(図式2)

 能力の劣る設計者は、試行錯誤によって仕事をするのですが、数少ない選択肢しか検討しません。能力のある設計者も、同じように試行錯誤によって仕事をしますが、膨大な数の選択肢を粘り強く検討し、その選択肢は当初のものとは大きく異なっています。

図式3
(図式3)

 どちらの設計者も課題に示されているシステム{製品や技術}だけを視野に入れています。ところが、一般的に言って課題というものは、当のシステムがその一部となっている上位システムを変化させたり、システムを形作っている下位システムを変化させたりすることによってさらに効果的に解決することができるものなのです。「クレーン」についての課題では建設計画全体(上位システム)を変化させたり、クレーンの材質(下位システム)を変化させたりすることによって解決することも可能です。

 例えば、大重量 (4000t) のコンクリートパイプの設置{水力発電所の建設に伴って直径 10m、長さ 40m のコンクリートパイプをこう配 45 度の斜面に設置}に関する No.1-37 の課題はまさにそのようにして解決されました。

 クレーンの素材を変化させ、鋼鉄に替わって、氷を用いたのです 。氷を相転移させるのは容易ですからパイプを上に乗せておいてゆっくりと下に降ろすことができるわけです。

 優れた設計者が質的に異なっている点は、課題として与えられたシステムだけでなく、上位システムや下位システムを視野に収めているところです。

図式4
(図式4)

 違う言い方でいうなら、木について考える場合には、たとえ視野の片隅にでも森(上位システム)と木材の木目(下位システム)とを入れておかなくてはいけないということです。

 もう一段高い優秀さの特徴は、それぞれのシステムレベルについて、現在の状況だけでなく、過去と未来をも視野にいれているという点です。

図式5
(図式5)

 さらにもう一段高い水準はシステムとともに反システム——クレーンに対しては反クレーン、木に対しては木の反対のもの、など——もまた視野に入れることのできる才能です。これが特に重要になるのは対象としているシステムが発展の可能性を使い尽くしていて、何か原理的に新しい物に置き換える必要がある場合です。「反砕氷船」システムという着眼点は通常の砕氷船を改良するという道を始めから否定します。「砕氷船」というシステムが氷を砕かなくてはならないとすれば、「反砕氷船」ではこれをしてはならないのです。

 システムを反システムに置き換えることによって、課題にたいする大胆な解決策に一気に近づくことができます。

図式6
(図式6)

 優れた思考にはもう1つの重要な特徴があります。それは柔軟性です。あらゆる要素を従来とおなじ寸法でのみ見るなく、「脈動」させて、ごく小さくしてみたり、膨大な大きさにしてみたりするのです。クレーンを 10-20m 規模の構造物としてのみ見るのではなく、「顕微鏡サイズのクレーン」(1ミクロンの数分の一)や「望遠鏡サイズのクレーン」(光年、パーセクのサイズで)というような視点を併せ持つことです。

 複雑ですか。

 しかし、これまでのことは優れた思考の最低レベルを示したにすぎません。

 本当に優れた思考とはシステムを上に向かって多層の構造で(システム、上位システム、上・上位システム……)、下に向かっても多層の構造で(システム、下位システム、下・下位システム……)、さらに、システムの左に向かって(近過去、遠い過去、さらに遠い過去)、システムの右に向かって(近未来、遠い未来、さらに遠い未来)捉えることができなくてはならないのです。

 そこまで複雑なことなのでしょうか。

 確かに複雑です。私たちが生きている世界は複雑にできているのです。その世界を認識し、それを変えたいと思うのならば、私たちの思考は世界を正しく反映しなくてはならないのです。複雑で、動きに満ち、弁証法的に発展している世界に対して、私たちの意識の中のモデルもそれに対応するように複雑で、動きに満ち、弁証法的に発展するものでなくてはならないのです。世界の姿を反映する鏡は巨大なものでなくてはなりません。しかし残念なことに、現実の設計作業で用いられているのは鏡のちっぽけな破片にすぎないのです。

 大多数の場合、設計者は課題となっている当のシステムを見ている、それだけです。時々、それよりも少しだけ視野の大きいアプローチが見受けられます。システムとその過去、システムとその上位システムといった具合です。

 1911年に原子物理学で用いられる基本的な装置の1つウィルソン霧箱が創られました。荷電粒子が霧箱内の過飽和状態の水蒸気の中を移動すると通った跡が液滴となって見えるようになります。ウィルソン霧箱を改良するアイデアは何千と出されました。しかし、液体の中に気体の泡ができて跡が見えることになる「反システム」のアイデアが誰かの頭の中に生じるまでにはほとんど半世紀が必要だったのです。ドナルド・グレーザーが泡箱の発明によりノーベル賞を受賞したのは1960年のことでした。

完全な図式に沿って行われる思考は現在は極めて稀なことです。しかし、この様に考えることが当たり前にならなくてはいけないのです。そして、それがARIZを教えることの上位課題なのです。

 ARIZ{この書簡が書かれた当時のARIZ-75}にはここでいう「完全な図式」のすべての要素が存在しています。システムから下位システムへの移行(ステップ2.1および3.3)があり、システムから上位システムへの移行(ARIZ-71の第5部の補足的質問)があり、対象の寸法を変化させることに触れたRVCオペレータ{対象の寸法、時間、コストを際限なく縮小、拡大して考える手法}があり、進化のトレンドの検討(ステップ2.1)があります。

 「完全な図式」の各要素は個々に洗練された後に徐々に統合され、思考の体系へ、思考スタイルへと変化してゆきます。

 本年度の研修では思考の「完全な図式」を全体として扱う専門の授業が行われました。最も大きな成果があったのは『人生の意味とは何か』という質問について検討することを求めた授業でした。この質問は特に関心を惹付けたため、AzOIIT[注1] の2年生の授業でさえこの問題について方法的な観点から考えることが後回しになったほどでした。

 予めなんの準備もなかった出席者は多くが図式1のタイプの一面的な回答をしました。出席者全体としての回答は図式2に対応するものでした。当初のシステムと同じ水準の「思想」の様々なバリエーションです。

 こうした授業のあるクラスに約800の発明者証をもった発明家 R.フェドーソフが出席していました。彼の思考スタイルは特記に値します。彼は図式3に沿ったかたちで答えを出しました。次々に新しい定義の仕方を出して、どれが合格となるのか、教師を注意深く観察していたのです。フェドーソフは一貫して当初のシステムの水準にとどまっていました。一方で、出席者の1人がすぐに上位システムの水準に移行する「社会にとっての生活の意味を検討してみましょう」という案を出しました。

 それまでに図式6までの演習を行っていたAzOIITの2年生の授業では、この質問は「完全な図式」に沿って検討されました。

 こうしたことは何を意味しているのでしょう。

 この授業の目的は、もちろん、その場で人生の意味を明らかにすることではありません。人生の意味についての質問は問題の例として取り上げられたのです。授業の目的は、問題(課題、質問)はあやふやなかたちで、狭く設定されるので「完全な図式」に沿ってそれを補う能力が必要となることを示すことでした。そうすれば正しい問題設定によって、解決策に取り組む以前に、多くの貴重なものを得ることができるのです:問題解決への新しいアプローチ、旧いものに対する新しい視点が得られるのです。

 授業のアイデアは始めは3階層(社会、生命体、有機物質)と各階層についての3段階(過去、現在、未来)に限定されていました。

図式7

 しかし、すぐに下の階層の方が上の階層より古いという意見がでてきました。したがって、図式は次のようになります:

図式8

 ここから階段状の発展という理念が生まれました。有機物質は生命体が「発明される」ところまで発展する。(А-1からА-4まで)、その後は階層に沿って発展が進み(Б-5、Б-6、Б-7)、社会が「発明される」まで続きます(Вの階層)。そこからは生命体(人間)は発展を止めて、社会の進化が始まります(В-8、В-9、В-10)。

 明らかに、この図式は階段をもう一段下に向かって(もっとずっと長く)続けることができます。有機物質以前の「生」(無機物質)の段です。そしてもう一段下に、非常に長い原子・素粒子の「生」の段まで考えることができます。

 どうしてこのような階段ができたのかという疑問に答えるのは容易です。段が高くなるごとに、低い段と比較して外部の条件によって制約をうけることが少なくなるのです。

 原子・素粒子は外部環境と相互作用を起こすとそのまま生き続ける(同じ形で存在する)可能性はごくわずかしかありません。

 無機(あるいは簡単な有機)化合物はこれよりも「生命力」が高いと言えますが、外部からの作用——加熱、冷却、化学反応——に対しては無防備です。有機物質(細胞)では外部環境の制約から自由になろうとする戦いのために素材がより高度に組織されています。しかし、生命体はさらに高度な段階に達しています。私たちの身体の細胞は平均7年間で入れ替わりますが、生命体全体としてはもう一桁長生きです。社会は外部の作用に対してさらに安定性が高く、個々の生命体よりもはるかに良く守られています。

 興味深いことに、こう考えてくるとスタニスラム・レムの『ソラリス』やフレッド・ホイルの『暗黒星雲』の自然を理解することができます。どちらも段階を経て発展してゆく法則性から外れています。生命体は社会という段階に発展しなくてはならない。にもかかわらず、生命体が拡大を続け、一個の生命体であり続け、1つの惑星の規模にまで大きくなっているのです。

 もう1つの結論はさらに興味深いものです。社会はあるときまで発展し続けます。そして、その次には次の段階が生じなくてはなりません。そこでは、社会は細胞が生命体の中で演じている役割に相当する役割を担うことになるのです。

 単に理論的な判断でしょうか。そうではありません。こうした判断から現実的な結論が生まれてくるのです。

 現在電波によって地球外文明を探索することに多くの関心が向けられています。そして、地球外文明についての疑問が生まれています。地球外文明とはどんなものなのだろうか、彼らの側から地球の文明を捜さないのはなぜか、彼らのシグナルが無いのはなぜか、そうした超文明による活動の出現が観測されないのはなぜなのか。

 超文明は社会のレベルでの考え方をしますが、より発展した、より進んだエネルギー手段をもった社会のレベルです。むしろ実際は、超文明はもう一段上の段階、即ちスーパー社会の段階にあるはずです。生命体が細胞とコンタクトを取るために、わざわざ細胞を捜すことを、細胞の立場から期待するのはどんなものでしょうか。

 電波望遠鏡のプロジェクト、超文明からの信号の発見に注がれる資金と労力はますます増加しています。ところで我々の図式からは、階段を上るごとに次の段が出現する条件が生まれる速度が次第に速くなっていることがうかがえます。「社会」の段階の上に「スーパー社会」の段階が登場するのは比較的早い時期でなくてはなりません。そして、その次の「スーパースーパー社会」の段階の登場はもっと早くなります。超文明の進化の段階は、人類とある中性子あるいは陽電子との間の相違よりもはるかに大きく我々とかけ離れている可能性もあります。

 さて、私たちは取り上げた問題(『人生の意味とは何か』)そのものの検討を未だ始めていません。しかし、「完全な図式」に沿って問題を設定することそのものによって既に、新しいこと、興味深いことが数多く提起されています。「完全な図式」は強力な認識の仕組みです。この仕組みがもっている可能性を感じ取るためには大きな問題を取り上げる必要があります。そこで、私たちはそうした問題を取り上げたわけです。授業ではこれよりずっと小さい問題を分析する際に「完全な図式」を適用することも可能です。

 このためにはARIZ-75の第1部に入っているシステム・オペレータを使用するのが最適です。システム・オペレータの要点は次の通りです。

 課題の条件として与えられている対象を当初のシステムと見なすことにしましょう。その場合、3つの課題設定が可能です。システムの状況、下位システムの状況、上位システムの状況です。また、各水準について課題を反課題に変えることができます。すると次のような図式ができます:

図式9

 例として、砕氷船の速度を上げるという課題を選びましょう。本来の課題は(当初のシステムのレベルでは)「砕氷船が氷を通り抜けて早く進む」ことを達成することです。

 反課題は「氷が砕氷船を通り抜けて早く進む」です。反課題は課題と比較して解決策にはるかに近づいています。

 下位システムに移りましょう。本来の課題は「砕氷船の一部(実際にどの部分かはわかりません)が氷を通り抜けて早く進む」です。反課題は「氷が砕氷船の一部を通り抜けて早く進む」となります。これはすでに回答の10分の9にまで近づいていると言うことができます。

 上位システムに移ります。上位システムは砕氷船の船団です。本来の課題は「船団が氷を通り抜けて早く進む」、反課題は「氷が船団を通り抜けて早く進む」です。これも大分回答に近づいています。

 フィルターの清掃についての課題 (2-56) では次のようになります。

  1. フィルターからホコリを簡単に取り除く
  2. ホコリからフィルターを簡単に取り除く
  3. フィルターの一部(粒子)からホコリを簡単に取り除く
  4. ホコリからフィルターの一部(粒子)を簡単に取り除く
  5. 上位システム(環境)からホコリを簡単に取り除く
  6. ホコリから上位システム(環境)を取り除く

 ここでも、4. と 6. は回答の10の9にまでなっています。

 ARIZ-75の他の各部分と同様にシステム・オペレータも現在は開発の途中です。しかし、授業では様々な課題にこのオペレータを適用することができます。

 このオペレータをさらに拡大して「否定課題」まで含めることもできます。「否定課題」とは本来の課題で肯定形で表現されている作用を否定形にすることです。例えば「砕氷船は氷を通り抜けて進まない」、「フィルターからホコリを取り除かない」という具合です。原理的には、当初の表現をさらに他の形に変形することも可能です。しかし、実用上は上の図式に並べた形(6通りの表現)で十分です。

 強調しておかなくてはならないのは、システム・オペレータは課題に対する解答をえるために使うのではないことです。このオペレータの目的は、まず第一に、課題の解決をどのシステムレベルで行うか、優先すべきレベルを始めから選んでおくことです。

 課題をシステム、あるいは反システムの「階層」に設定した場合、得られる解答は普通(5段階の発明レベルの中の)第3レベルです。原理的に言えば特に新しいことは無いものの実現しやすいといえます。上位システムや(とりわけ)下位システムの階層に移行した場合には問題の解決は第4レベルで行われることになります。上位システムや下位システムの反課題に移行した場合には第5レベルの解決策へと導かれることになります。つまり、ARIZに初めて「解決策のレベル調整ツール」が導入されたのです。

 システム・オペレータはこうした実践的な目的とあわせて、「完全な図式」にそった思考スタイルの形成に役立てなくてはなりません。

G. アルトシューラ

[注1]1971年にアゼルバイジャン民間発明創造インスティテュート (AzOIT) が創立されました。G.S.アルトシューラは創立時から1975年まで同インスティテュートの指導者でした。[L.D.カマルチョーバ、「バクーのアルトシューラ」、資料: http://www.altshuller.ru/stories/story5.asp

書誌
G.S.アルトシューラ
「体系的思考を育てることがARIZを教える最終目的だ」
バクー、1975年、6p.
(Альтшуллер Г.С.
Развитие системного мышления - конечная цель обучения АРИЗу.
— Баку, 1975. — 6 с.)

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